寺内一隆
1942年4月25日後楽園黒鷲 000 000 300-3大洋 000 000 000-0勝 石原敗 三富本塁打 寺内好調投手同士の投げ合いは寺内の一発でけりがついた。この試合2番右翼で先発出場した富松信彦は2打席連続三振、寺内監督は3回途中で杉江文二と交代させた。7回一死二三塁のチャンスを迎えると、寺内は杉江に代えて「代打、俺」と打席に立ち決勝スリーランを見事に放った。1937年にイーグルスへ入団。この年シーズン途中に選手兼任監督を務めた。10月9日に途中退団となり、応召される。戦争中にパプアニューギニアのニューブリテン島ラバウルで戦死したと伝える。没年不明。この1本は最後の本塁打になっています。