Professor Rokku のワインの日々

2005/08/01(月)22:39

『拝啓天皇陛下様』やっと見られました

今夜NHKの衛星放送で野村芳太郎監督の『拝啓天皇陛下様』(1963)を見ました。前から見たいと思っていたのですが、なかなかどこにもかからない作品だったので、やると聞いてから大変楽しみにしていたものです。 へえ、松竹なんだと思って、見終わってから、なるほど松竹だねと妙に納得しました。 どういうものだか、Rokku の頭の中では、このタイトルが『拝啓マッカーサー元帥様』という本のタイトルと重なってしまっていたため、もっと深刻な内容(深刻でないわけではないけど)を予想していました。ですから、松竹の富士山を最初に見たときの戸惑いと実際の喜劇仕立てに対するびっくりは、重なり合っています。 そういう勘違いはあったものの、やはりいい映画でした。 何より出演者が達者な人ばかりで、引き込まれてしまいます。主人公の山田正助(悲惨な子ども時代からの不遇続きで、軍隊がちゃんとしたご飯を食べられる唯一の極楽と思っている。農村出身の大半の貧しい人々を代表している人物。ユーモラスだけどリアリティがある)を演じる渥美清はもちろんのこと、その戦友でありながら、もっと知的で作家でもある人物(苗字は忘れてしまいましたが、長門裕之が演じています)が織り成す人間関係は、軍隊での人と人の結びつきを喜劇的にかつある真実を活写する演出で描かれており、素晴らしいです。 タイトルの意味は、いよいよ戦争が終わるのではないかと言われたころ(南京陥落の直後)、戦争が終わってしまうと軍隊にいられなくなると思った山正が、天皇陛下に手紙を書こうとするのを、長門裕之にたしなめられるところから来ています。軍隊を普通は、嫌なところと私たちは先入見で思っていますが、そこにいる時の方が暮らし向きが楽だった人も実際にはいたでしょう。そういう、逆手に取った発想も素晴らしいです。 何より、長門裕之の奥さん役の左幸子が素晴らしい! 戦後になって、長門夫妻が住む長屋に昔小隊長をやっていた士官の未亡人が住んでいて、そこへ山正が訪ねてきます。ひょんなことから知り合いになった未亡人と山正ですが、まずいことに山正がその未亡人に一目惚れしてしまうのです。山正は縁談を願い出ますが、身分の違いをあからさまに示して未亡人はけんもほろろの断り方をします。 私たちは、結婚できるものと思っている山正がまたしても訪ねてきて、ほっとけないと思った左幸子が、もう一度考えてくれないかと、無理を承知で再度頼みに行く場面を見ることで、その事情を、それとなく知ることになります。左幸子は、あからさまな嫌悪感を示す未亡人に、近所の男(その前に画面に登場しますが)との痴情沙汰を誰もが知っていることを暴露すると、「すみませんね、こんなこと言って。育ちが悪いものですから!」と捨て台詞を吐いて、未亡人の住む部屋を後にします。言うまでもなく、ここに、戦前の暮らし向きが楽でなかった人々への野村芳太郎の共感が、最も強く表わされていますが、それを左幸子にさせるところがにくいところです。 これ以外にも、見るべきところはたくさんあります。その一つが斉藤寅次郎監督の喜劇(タイトルは忘れてしまいました)を劇中劇として見られることです。ここにも蒲田から通じている松竹の伝統を感じますね、そう言えば。『マダムと女房』も少し登場しますよ。 こんなにたくさんの見せ場(ラストシーンも秀逸です)があるにもかかわらず、ただ一点、戦争体験がペーソスとしてしか描かれていないところは、やはり問題ではないでしょうか。大上段に振りかざした批判でなくてもいいけれど、戦争をペーソスとして描いてしまうセンチメントは、やはり Rokku には違和感でしたね。 『二十四の瞳』にもあるけれど、私たちが関与した戦争という意識がいわゆる大衆になさ過ぎませんか。

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