こんなコンサートに行った~2人のファゴット吹きの記念祭
あのすばらしいペレーニのコダーイ(無伴奏チェロ・ソナタ)のあとで、もうきくに値するコンサートなどないと思っていた。思っていたが、ファゴット2本のコンサートはこれまでも、これからも出会うことはないだろう。最初で最後にちがいない。結局、好奇心が勝った、というか好奇心に負けた。結論から言うと、好奇心に負けてよかった。それは、東口泰之という非常に優れたファゴット奏者、というか音楽家に出会うことができたからだ。京都市交響楽団に在籍するこの人と札幌交響楽団の夏山朋子は高校時代からの親友で、ドイツの同じ大学で同じ教師に学んだらしい。ピアノの蒲生翔子も含めてみな優れた技量の持ち主だったが、東口は図抜けている。オーケストラ奏者にしておくには惜しい人物という印象さえ持った。演奏には、音楽から距離をとり批評的に作品に相対するアプローチと、音楽のキャラクターに「なりきる」アプローチがある。後者の代表はマリア・カラスだが、東口はまさにこのタイプに属する。どんなフレーズも、それがオペラの登場人物だったらどういうキャラクターか想像できるほどにその音楽に一体化して演奏している。だからどんなに経過句的な重要度の低いパッセージでも音楽になる。細部まで血の通った演奏のお手本を見ているようだった。夏山の演奏も正確さでは決して聴き劣りはしない。しかし、東口のファゴットはまるでウィーンやミラノのオペラのオーケストラのように、主張すべきときは主張し、脇役にまわるときはとことん控えめになる。特筆すべきはタンギングの多彩さ。スタッカートからマルカートまでの幅が実に広く、しかも音楽のキャラクターにふさわしい音量の増減とフレージングによって演奏されていくので、的確なスクイズバントが毎秒何個も繰り出されていくのを見るような快感に時間を忘れてしまうのだ。調べてみると大阪でリサイタルを開いたことがあるようなので、もしまたリサイタルを開くことがあるなら関西まで出かけようと思うし、首席奏者としてファゴットの活躍する曲を演奏する機会があるようなら京都市交響楽団もききに行きたいところだ。ヘンデル(2本のファゴットと通奏低音のためのソナタ作品2-8)、ロッシーニ(ジュポア編曲のセヴィリアの理髪師より三つのアリア)、ビッチ(コンチェルティーノ=東口のソロ)、リッター(2本のファゴットのための協奏交響曲)、シューマン(幻想小曲集=夏山のソロ)、ステフェンソン(2本のファゴットのためのコンチェルティーノ)とアンコールはニュー・シネマ・パラダイスからのメドレー。オリジナルの未知の3曲、特にビッチの曲での東口のテクニックが一人歩きしない音楽的な超絶技巧、ステフェンソンの小粋な音楽が楽しめた。ロッシーニやシューマンといったロマンティックな音楽では、歌心に満ちていながら品のいい演奏が爽やかな印象をのこした。40歳の二人はいま音楽家としての絶頂期にあると思われる。22日、札幌コンサートホールキタラ小ホール。