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西條剛央のブログ:構造構成主義

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西條剛央

西條剛央

2008/02/26
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カテゴリ:雑感
なんだかんだで忙しい。

でも考えてみると、以前までの忙しさとは質が変わってきている気がする。

以前は、メリハリのない忙しさだった。

「多忙」の中に放り込まれてずーっと力んでいるような忙しさ。

大学院の頃は特にそうだった。

ドラゴンボールでいえば「精神と時の部屋」に放り込まれてずっと修行しているような感じ。

おかげで急激に力はついたけど、他に失っていたものも少なくなかっただろう。

今は頑張るところは頑張って、息抜きするときにはちゃんとするようになった。

当たり前といえば当たり前のことなのだが、研究職にとって(僕にとって)メリハリをつけて仕事するということは、言うは易く行うは難しの典型なのだ。





そんなこんなで、先週は池田清彦先生(+特別ゲスト)と飲み、大学院時代の畏友達と飲み、大学のテニスの同期(+先輩)と飲んだ。

良い友達に恵まれたなあとしみじみ思う。

内田樹氏が『ひとりでは生きられないのも芸のうち』という著書を出したが、僕はこの一芸には秀でているかもしれない。

僕の著書のあとがきの謝辞には、本当に多くの人の名前を挙げさせていただいていることに、それは現れている。

基本的には独力で書きましたといわんばかりに、編集者への謝辞だけでクールに決めてみたいなあと思ったことがあるが、どうもそれは無理そうだ。

僕は人様の力によって生かされ、多くの研究仲間によって活かされ、ようやく力が発揮できているのだ。

そういうタイプなのだから、こればかりはいかんともしがたい。

ドラゴンボールでいえば、僕は元気玉の使い手に近いのだと思う。

みんなの力をちょっとづつ分けてもらえるおかげで、納得の行く仕事ができ、生活できているのだと思っている。





世の中には、才能に溢れ、何でも独力でできる多才な人がいるが、僕はそうじゃない。

でもそうじゃなくてよかったかもと、最近は思うようになった。

きっと多才だったら全部「自力」でやろうとしただろうから。

自力には限界がある。

どんなにすごい自力の持ち主でも、「自分」の外に出れないという原理的な限界がある。

僕はいつの頃からか、「能力」なるものをちっぽけな「自分」に押し込めて考えることをやめてしまった。


発達する中で誰もが現実とぶつかって、自分にできることとできないことがわかってくる。 しかし、そもそも「能力が個人の内部にある」などという考えは、学校教育における「テスト」のような特殊な空間でしか成立しないのだ。


「能力」というものを、関係性全体にまで拡張して捉えることで、一人ではとてもできないようなことができる可能性が生まれる。ドラクエだってFFだってパーティを組むからそこそこのレベルでラスボスを倒せるのだ。

だから、お互いを高めあい、愉しく過ごせる仲間に恵まれた人は幸運だと僕は思う。





たまたまそういう時勢の中に生まれ、人に恵まれ、運に恵まれ、試練に恵まれた結果、構造構成主義なんて理論を作ったりするようになったわけだけど、たぶん、僕の「位置」に置かれたならば、他の人でも同じ理路を作ったんじゃないかと思っている。

そんなものだろう。


月並みだが、流れに逆らわず、縁を大事にし、感謝の気持ちを忘れずに生きていこうという思いを新たにした今日この頃。
















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Last updated  2008/03/07 03:19:53 PM
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