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「戦後の日本古典の専門家は口をそろえて、『日本神話なんてものは皇室に都合よくこしらえあげたマヤカシもので、日本を戦争に駆り立てたイデオロギー装置である』と述べ立てた。」と萩野教授は言います。
日本の学者の説は「史実反映説」が主流です。 「史実反映説」というのは、神話に登場する神々はその昔実在した功績ある人物を神格化したものだ、という考え方です。 萩野教授はこの「史実反映説」を攻撃します。 出雲神話では、スサノオが八岐大蛇を退治してクシナダヒメとめでたく結婚する話があります(この二人の子孫が大国主命です)。 それを「史実反映説」の学者は、八岐大蛇は出雲を流れる斐伊川のことでそれが水害をもたらした事実が八岐大蛇という大蛇に反映しているとしています。 そこで萩野教授は「川の氾濫が八岐大蛇になったと主張するなら、大蛇を退治したことは治水事業が完璧に果たされた史実の反映だと主張しなければならない。 その「史実」はどこにあるのだ」、と問い詰めるのです。 また梅原猛教授の説も「史実反映説」で、「神話の天照大神は持統天皇ないし元明天皇という日本書紀編纂当時の女帝の姿が神話に投影されたもの」と考えるのです。 持統天皇は天武天皇の正妻で、夫が亡くなったあと天皇になったのです。 天武天皇と持統天皇の間には草壁皇子が生まれましたが、彼には腹違いの兄弟というライバルが大勢いました。 持統天皇は自分の息子の草壁皇子が天皇になるように努力したのですが、彼は若くして死んでしまいました。 草壁皇子の息子の軽皇子、即ち持統天皇の孫はまだ幼かったので、この孫が成人するまで自分が天皇になることによって、ライバルを抑えようと考えたのです。 この祖母から孫への皇位継承というのは異常なので、持統天皇が反映された神話を創作してそれを正当化したのだというのが梅原猛説です。 天照大神という女神の孫であるホノニニギが高天原から天下ってその子孫が天皇になるという神話が作られたのです。 祖母から孫への皇位継承は昔からあった普通のことだと主張できるわけです。 萩野教授はこの梅原説に猛烈に反論しています。 高句麗や百済の神話と日本神話には似ている話が多いのですが、祖母から孫への王位継承の神話もあります。 だから、天照大神の神話も創作ではなく昔からあったものだというのです。 また、天照大神は自分の務めを放棄して洞窟にこもり、ストリップに興味を持って穴から出てきたオッチョコチョイなわけです。 もしも天照大神が現実の女帝である持統天皇のことであるとしたら、天皇の権威を傷つけるような話をわざわざ作るのはおかしいではないかとも言っています。 次回に続きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年08月28日 10時17分28秒
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