2015/04/05(日)11:58
「旧暦はくらしの羅針盤」
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「旧暦はくらしの羅針盤」 (小林 弦彦著 日本放送出版協会)
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昔日本では、時間が伸びたり縮んだりしたんです!
えっ!? そんなバカな??・・・、江戸時代の話でしょ?
そんな昔に、日本にもアインシュタインのような天才がいたんですか?
ご存知アインシュタイン博士による相対性理論。絶対に変らぬものは光の速度だけで、時間は伸びたり縮んだりする。空間でさえ歪む。
まったく、理解不能な理論なんですがね。
江戸時代の時間の単位は、読んで字のごとく「時」(とき)。この「時」(とき)が、実は伸びたり縮んだりしたのです。
昔の人は、日の出とともに起き、日が沈むと活動をやめた。何しろ電気などというものがありませんからね。日が暮れたら、することといったら、だいたい寝るだけと言った方がいい。
そこで昼と夜とをそれぞれ六等分し、一日を十二分割して干支を割り振って時間を数えた。
春分の日と秋分の日ならば、昼と夜の時間が同じだから、一時(いっとき)は今の時間だと2時間。ところが、夏至だと日照時間が長いから、昼の時(とき)は、2時間より長くなります。その逆に冬至は、昼の時(とき)が短くなり、夜の時(とき)が長くなるというわけ。
当時の労働時間を明け六つから暮れ六つまでと考えると、冬至では10時間56分ですが、夏至では15時間52分となりますから、同じ一時(いっとき)でも、最大50分余りの違いが生じることになりますね。
「お江戸日本橋七つ立ち~、初上り~♪」
という有名な歌がありますが、これは江戸から京へ行くのに、日本橋を明け六つ前の七つに出立したことを歌っておりますね。ですから、そのあとの歌詞を見ると、
「こちゃ高輪、夜明けてぇ~、提灯消すぅ~♪」
日本橋を提灯の明かりを頼りに出立して、高輪あたりで夜が明けたと言っているのです。日本橋から高輪まで夜道を約2時間かけて歩いたのでしょう。
・・・昔の人って、エライ!
何も気取らず、そのままを歌にしておりますね。
恥ずかしながら、この歌の意味がようやく分かりました。
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