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・・・そば!ソバ!蕎麦!・・・酒そば本舗奮闘記!

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2019年08月22日
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「エコロジー」を辞書で調べると生態学のことを指すのですが、もっぱら私たちは「自然環境保護」あるいは「自然環境保護活動」という意味合いで使うことの方が多くなりました。人間も自然環境を無視しては生きていけないということに遅まきながら気づいたということです。

今や世をあげてエコブーム。何でも頭にエコをつければ無難とばかりに、「地球にやさしい、環境に配慮している」の文言は、企業の経済活動にも最早欠かせないものになった感があります。

それでは、皆さんは「エコロジカル・フットプリント」という言葉をご存知だろうか?

英語由来のカタカナ文字を直訳すれば、「自然環境保護的な足跡」というような意味合いになるのかなと思いますが、正確には、

「ある国の人間が生活レベルを維持するのに必要な農地や海、森林などの合計面積を示す」指標のことを、エコロジカル・フットプリントというのだそうです。




初めて耳にした風変わりな指標もさることながら、私が驚いたのは、「私たち日本人は、日本の国土が本来供給できる量に比べて、7倍近い自然資源を利用している」という指摘。ちょっとピンときませんね。ところが、「日本人の生活レベルで世界中の人が暮らせば、地球があと1.5個~2個必要になる」と説明されると、ちょっと背筋が寒くなって来ます。

地球を増やすことはかなわぬことですから、地球の環境を守っていくには、日本人の生活レベルを今の半分くらいにするしかないということになりますね。

我われは、何か非常に罪深いことをやっているような錯覚にとらわれます。・・・いや錯覚ではなくて紛れもない事実でした。


果たして経済活動や生活水準を今の半分の時代にまで逆回しできるだろうか?現代の車社会から、牛・馬が田んぼをおこしていたあのころの生活にどうやって戻るというのだ。

・・・頭の整理ができない状態です。




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最終更新日  2019年08月22日 11時50分06秒
2019年08月17日
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浅田 次郎の短編時代小説集「五郎治殿御始末」より、「柘榴坂(ざくろざか)の仇討」。

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武門の矜持にこだわりつつも、時代の趨勢に抗じ切れず、刀を置き髷を落とさなければならなかった幕末の武士。中でも下級武士の心情を描かせたら、浅田の右に出るものはいないだろう。

「五郎治殿御始末」で、元桑名藩士岩井五郎治がそうであったように、「柘榴坂(ざくろざか)の仇討」でも元彦根藩士で大老井伊直弼の近習を勤めた志村金吾は、維新から6年の歳月が経って髷を切り散切り頭にしてさえも、刀を置くことが出来なかった。

・・・どうしてあの時、殿(井伊直弼)をお守りすることが出来なかったのか。

御駕籠廻り近習でありながら、手傷も負わず御駕籠を離れた雪の中に呆然と蹲っていた金吾は、厳しい詮議を負うことになった。

「もはや切腹など許されぬぞ。父が腹を切り、母が咽を突いたるは、汝(うぬ)が身替わりじゃ。・・・罪を雪ぎたくば、騒動に関わりたる水戸者の首級(しるし)のひとつも挙げて、掃部頭(かもんのかみ)様の御前にお供えせよ。・・・」

本懐を遂げぬまま時は移ろい、維新が成って早や6年。あの雪の日から数えれば実に13年の歳月が過ぎようとしていた。妻を場末の酌婦に身を落としめてまで糊口をしのぐ金吾にとって、大義こそその日その日の生きる糧であった。

とある日金吾は、旧幕府評定所の御留役・秋元和衛より呼び出しを受けて、色めき立つ。騒動に関わった旧水戸藩士の内で行方知れずになっている者一名の所在を聞き出すことが出来たのであったが、何んと秋元はその口で「水戸の者どもは国士であった」と、金吾に言うではないか。

秋元は何故金吾にそのようなことを言ったのか。それならば端から旧水戸藩士の所在など知らぬと言えばよいだけのこと。


やはりあの時と同じように夜明け前から降り始め、夕刻になっても已もうとしない雪の日の夕暮れ時、新橋の駅頭にたたずむ一人の車夫の前に金吾は立ったのであったが。

・・・俥(くるま)は降りしきる雪の中、人気のない柘榴坂へと進む。

果して金吾は、見事本懐を遂げ、13年の屈辱を雪ぐことが出来たのであろうか?


桜田門外の変に巻き込まれた二人の侍、大老井伊直弼を討った元水戸藩士と、直弼の近習であった元彦根藩士。名もなき下級武士二人の13年にわたる葛藤をみごとに描く「柘榴坂(ざくろざか)の仇討」。

お奨めの一冊です。





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最終更新日  2019年08月17日 11時50分05秒
2019年07月25日
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日本人なら「源氏物語」を知らぬ人はいないでしょう。・・・などと書けば、まるで「源氏物語」に精通しているようなもの言いに聞こえますから、あくまで日本を代表する古典の名前を承知しているというだけのことだと、お断りしなければなりません。

ちょうど夏休みに入って梅雨が明けようとしている今頃の時期ではなかったか。高校3年の補習授業の古文の時間に、この「源氏物語」を読まされたことを思い出します。・・・ずいぶん難義しましたね。(苦笑!

以来久しくこの古典に触れた覚えはありません。

おそらくここまで読まれた大部分の人は、私と同様に苦笑いをしておられるのではないでしょうか。


現在鹿児島で開業医をなさっている医師鹿島友義さんの源氏物語へのこだわり。鹿島さんは、63歳のときに日本を代表する古典「源氏物語」に挑戦することを決意されたそうです。お忙しい本業のお医者様の仕事の合間をみて、原文を読み進めたというのですから、ただただ恐れ入るばかり。

ついに全巻読破され、こんな本まで出筆された。『医者が診つめた「源氏物語」』。「見つめた」ではなく「診つめた」となっているところに着目してください。




私が強く興味を持ったのは、鹿島先生の強じんな意志とご努力もさることながら、登場人物の「病気」を専門の医学的見地から考察しようとされた工夫。まさしく「診つめ」られた部分。

たとえば、有名な「いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひたまひける中に・・・」で始まる最初の章にに登場する桐壺の更衣。この主人公光源氏の母親は、「はかなき心地にわずらひて」とあるように、現代流に言えばストレスが原因の心身症。

もののけのせいで難産になった源氏の正妻葵の上は、物語のモデルとなった一条天皇の中宮彰子だとすれば、重い糖尿病を患っていたとされる藤原道長の血をひく娘であることを考慮すると、糖尿病前の状態で胎児が通常より大きく育ったためではないか。

源氏の親友の長男柏木は、「まことに心地もいとなやまし」なのは、きちょうめんでまじめな性格の人にしばしば診られるうつ病が疑われる・・・など。

平安貴族が病気にかかったときのプライマリーケア(初期治療)が、加持祈祷であったというのも面白い。


『医者が診つめた「源氏物語」』、お奨めの一冊です。










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最終更新日  2019年07月25日 11時50分06秒
2019年07月18日
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「病が語る日本史」(酒井シズ著 講談社)

本棚から何度も手に取っては読み返しています。

【送料無料】病が語る日本史 [ 酒井シヅ ]

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著者の酒井氏の経歴をみると、三重県立大学医学部卒業、東京大学大学院終了とあります。医学部のご出身なのだから医師免許をお持ちなのだろうと想像しますが、専攻が「医史学」ということですから、大学院に進まれてからは「医史学」に興味を持たれて、医者でありながら歴史学者の道を歩まれたのでしょう。現在日本医史学会の理事長を務められていると紹介されています。

今も昔もこの世に生まれてきた人が避けて通れぬ道は、老・病・死。誰しも避けて通りたいと願いながら、宿命に従うしかなかった・・・。その時代時代を生きた人々は「病」をどのように捉え、どう受け入れて来たのか?著者の酒井氏もそこに強い興味を持たれたのに相違ありません。

まさに「病が語る日本史」、「医者の目から見た日本史」。お奨めの一冊です。





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最終更新日  2019年07月18日 11時50分05秒
2019年07月10日
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今読んでいる本。浅田次郎著「帰郷」。

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帰郷 (集英社文庫(日本)) [ 浅田 次郎 ]
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世に「戦争文学」と呼ばれるジャンルの分野があることは、一般に広く知られたことです。

私は時の宰相がもはや戦後ではないと言い、この国が高度経済成長の坂を一気に駆け登ろうとしたころ小学校に通った世代。北山修二風にいえば「戦争を知らずに、僕らは生まれた」世代。

私が「戦争文学」なるものを最初に読んだのは、大岡正平の「野火」であったろうか。海軍ものであれば、阿川弘之「暗い波濤」であろうか。

人気作家浅田次郎は、その私らよりも3~4年先に生を受けた世代。いわゆる団塊の世代の終わりごろにあたりますから、その浅田にしたところで戦争を知ろうはずもない。

「戦争文学」の書き手の多くは、何といっても先の大戦(太平洋戦争)に従軍した当事者。大岡にしても阿川にしても、筆舌に尽くし難い辛酸を味わいながらも生還を果たすことが出来た。

団塊の世代の終わりごろに生まれた「戦争を知らない」はずの浅田は、どのように先の大戦を描こうというのか?



私の父は「生まれた時が大震災」の大正12年生まれ。祖父は確か明治24年生まれだったか。

父は昭和19年の終わりに召集を受け、補充兵として満州へ従軍。ソ満国境の警備に着いた。幸いソ連軍が父の部隊が展開しているところと離れた国境線から侵入したために、ソ連軍と交戦することはなかったという。転進命令が来てその転進先へ進軍(歩兵であったから文字通り徒歩で)してみると、そこはすでにソ連の赤軍に破られていて友軍の死体の山。ようやく赤軍に対峙した時は8月20日過ぎ。すでに終戦の詔勅が発せられていて武装解除。シベリヤへ抑留され、最後の引き上げ船でかろうじて舞鶴に戻れた口だと聞きました。

帰郷したそのときの父の様子は、祖父いわく、あたかも「割りばし2本を地面に突き立てた」ようだったと。

一方の祖父は、甲種合格で即時入営の現役バリバリの陸軍歩兵。幸いなことに日露戦争は終わって久しく、日中戦争は勃発前。満期除隊後に太平洋戦争の雲行きが怪しくなって、猫も杓子も兵隊に引っ張られたころでさえ、年齢がいっているので再入営を免れた口。

父も祖父もそれ以上のことを話そうとはしませんでしたから、幸か不幸かやはり私は「戦争をしらない」ままでしたが、浅田の「帰郷」に出合い、あの忌まわしい時期を生き抜いた人々の生き様に直面するとき、「戦争をしらない」までも「戦争を語り継がなければならない」という浅田の思いが、少しばかりはわかるような気がしています。





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最終更新日  2019年07月10日 11時50分06秒
2019年05月09日
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今読んでいる本。上田 秀人著 「傀儡に非ず」。

戦国の雄、織田信長に見いだされ、その類まれな知略と胆力で摂津の国一国の支配者にまでなった荒木村重。その村重をして今日まで無謀な暴挙と語り継がれて来たあの謀反を起させたのは何か?

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傀儡に非ず (徳間文庫) [ 上田秀人 ]
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・・・村重は、疑心暗鬼に陥りながらも忠実に信長の命に従っただけだった。

上田 秀人の大胆な仮定は、室町最後の将軍・足利義昭の存在を際立たせることによって、巧みに読者の納得を誘います。

ところで、日本人に歴史上好きな人物をひとりあげよと問えば、5人に3人は信長と答えるとか。何を隠そう私もそのうちのひとりです。

その3人に、信長を語るとき本能寺なくして語ることは出来ぬだろうと問えば、3人が3人とも諾と首を縦に振ると決まったもの。

光秀は何ゆえに本能寺に走ったのか?

日本史上最大のクーデターといわれる本能寺の変は、未だに深い謎に包まれたままですが、上田はこの「傀儡に非ず」で村重の胸中を光秀(このときは光秀は信長と村重の間に入って、村重を取り成そうとさえしていた)とダブらせることで解こうとしたのではないかとさえ思えて来ます。

操り人形(傀儡)のごとく振る舞おうとした村重に、絡まって身動きできないようにしてしまった操り糸。村重はそれを断ち切るしか道はなかったのだろうか・・・。





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最終更新日  2019年05月09日 13時40分07秒
2019年04月13日
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日本人ほどあいまいな物言いをする民族はいないといいます。

訪問先でそこの主人から昼時に「ごいっしょにお昼ごはんを食べていかれたらどうですか?」などと、食事を勧められたら、「いいえ、今日は、いづれまた・・・」と早々に席を立つのが当たり前のこと。

すなわち日本語のあいまいさとは、訪れた客に「昼時になったので、この辺で帰ってくれないだろうか」とストレートに言わないどころか、「昼飯を用意するから食っていけ」と真逆の言い方をすることによく現れています。

言われた方も言われた方で、「では、おことばに甘えて・・・」などと言おうものなら、台所でその家の奥さんがずっこけてしまうことをよく承知している。「いえ、このあと寄るところがありまして・・・」などと言葉をにごして、やおら腰を上げるのが礼儀とその辺のところはよくわきまえています。

このあたりのやりとりの機微が欧米人には理解しがたいらしく、日本語はあいまいである、日本人は何を言われてもただへらへらと笑っているだけ、と言われる所以なのでしょう。


では中国人はどうか?

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第5章「中国人との上手な付き合い方、教えます」に書いてあります。

中国人に「今度遊びに来てください」は禁句であると。
お土産やプレゼントにしても、「ほんの気持ちですけど」などと形式的なものでお茶をにごすのなら、初めからあげない方がよほどましだと。

すなわち日本人の「私はあなたのことを気遣いしていますよ」の意味の「ほんのささやかなモノですけど・・・」は、中国では「こんな程度にしか自分のことを思っていないのか・・・」ととられてしまうそうですから、本当に注意が必要ですね。コワイ民族ですね、中国人って。。。

もともと「意言外にあるを尊ぶ」や「行間を読む」というのは、日本の文章表現だけに特徴あることではなく、中国でも行間から作者の真意が汲み取れるような漢詩こそ一級の詩であるといわれていて、日本も長い歴史の中でそれに倣って来たにすぎないのに、その文化が本家の中国より日本で昇華されたというのは、何事にもやわらかく婉曲を好む日本人だからこそ可能であったのかも知れません。


何事にもやわらかく婉曲でどこが悪い。日本人に生まれてよかったと思うのです。







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最終更新日  2019年04月13日 11時50分05秒
2019年04月11日
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戦国の名だたる武将は劣勢を余儀なくされた戦をどのように戦ったか、という観点から書かれた短編時代小説七編を収録した「戦国 番狂わせ七番勝負」。

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中でも木下昌輝の手になる「信長の首」が面白い。

日本人に歴史上好きな人物を一人あげよと問えば、5人に3人は信長と答えるというくらい、日本人は信長が好き。何を隠そう私もその一人です。

信長を語るとき避けて通れぬのが本能寺。日本史上最大のクーデターともいわれる本能寺の変は何故起きたのが?

・・・信長ほどに猜疑心の強い者が、何故少ない伴廻りで本能寺に泊まったのか?光秀を本能寺に突き動かしたものは何か?そして光秀の裏で本能寺に関与した人物は誰であったのか?次から次へと浮かんで来るさまざまの謎のなかでもひときわ多く語られている謎、焼け跡から信長の遺体が見つからなかったのはなぜか?

つい先ごろ見たテレビ(NHKだったか)の検証番組では、信長の遺体は隠されたわけでもなく、さらには生きて逃れたのでもなく、ただ単に信長の遺体が信長の廻りで死んだ多くの近習の遺体に交じって、信長と特定できなかったのだという甚だ拍子抜けの結論を、燃焼工学の科学的実験までしたうえで下していましたが。

木下昌輝は、この謎を南蛮から渡来した宣教師ヴァリニャーノが使役人として連れて来た黒人奴隷ヤジル(和名弥助)の奇抜な行動で、解こうとしているところがいかにも斬新で面白い。

好奇心の強い信長は当時黒奴と呼ばれさげすまれたこの弥助を家臣に取り立て、常に側に置こうとしたのは、歴史上の事実でもありますね。

本能寺の変でも信長の側近くにいた弥助は、生きたまま捉えら光秀の前に引き出されたものの、光秀が「黒奴は動物で何も知らず、また日本人でもない故、これを殺さず」と命じたがゆえに一命を拾い、当時の京にあった南蛮時に身を預けられたと歴史書は語っていますが、その後の消息については歴史から忽然と消えてしまった。


本能寺から逃れることが出来た弥助こそが、信長の遺体の行方を知っているという筆者。しかしもしそうだとしても、それはどのようにしてなされたのだというのだ?

ヒントは、ヴァリニャーノに買われる前の弥助の主人は、戦場を駆け巡っていた金創医(戦場外科医)で、弥助はその金創医の助手のようなことをさせられていたということ。

最期まで読んだ読者は、木下昌輝の奇抜な謎ときに驚きの声を発するに違いありません。





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最終更新日  2019年04月11日 11時50分10秒
2019年03月19日
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天は二物を与えずといいますが、何ごとにも例外があるのは世の常でもありましょう。例えば文壇に目をやれば、作家にして医者という大きな二足のわらじを履いているという人いますね。

まずすぐ名前が出るのは、明治の文豪・森鴎外。鴎外は軍医でしたね。斎藤茂吉は歌人にして精神科医。その子息である北 杜夫も父同様精神科医で作家。手塚治虫は医学博士でありながら、医者の道に進まなかった変わり種。まあ、その種は言うまでもなく大天才の種だったわけですが。

昭和・平成にまで時代を下ると、「失楽園」の渡辺純一は確か外科医でなかったか。時代小説で次から次へヒットを飛ばす上田秀人は、歯科医師の顔を持つ。

もう一人私の好きな作家をあげるとすれば、篠田達明。かなりお歳を召されたようですが、整形外科医としての知見をもとにした『モナ・リザは高脂血症だった』『徳川将軍家十五代のカルテ』『歴代天皇のカルテ』『偉人たちのカルテ』などのユニークな作品を書いている。

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ところで近頃の若い医者は、カルテに記入された検査データばかり見て、患者を診ようとしないと言われていますね。医者へ行けば、レントゲンを撮られ、血を採られ、尿を調べられ、・・・それらから得られた検査データを見て、「〇〇の数値が異常ですねぇ~」と言うだけ。数字が高いか低いかぐらいなら、私にだって言い当てられる。

その昔名医と言われた医者は、まず「どうなさいました?」と患者の顔色を優しくうかがったものです。

篠田先生こそ、患者の顔色どころか名画に描かれているモデルの顔を見るだけで、ピタリと隠れた病気を探り当てるという名医。

篠田先生は、かの名画を見ただけで、モナ・リザは高脂血症だったと診断されています。


皆さんも『モナ・リザの微笑み』に隠された意外な病気の秘密を探ってみてください。

『モナ・リザは高脂血症だった』お奨めの一冊です。







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最終更新日  2019年03月19日 11時50分06秒
2019年02月26日
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上田秀人の人気シリーズ、表御番医師診療禄(13)。ついに最終章を迎えました。副題には「不治」とあります。

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表御番医師診療禄13 不治 (角川文庫) [ 上田 秀人 ]
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時は5代将軍綱吉の治世。表御番医師から御広敷番医師に栄進し、綱吉の寵姫お伝の方の担当医師となった矢切良衛は、お伝の口添えもあって綱吉の脈までとるほどの厚い信頼を得るまでになった。綱吉は良衛に習得させた南蛮医術によって、何としても寵姫お伝に継嗣の懐妊をと望むのであった。

現代に生きる我々は、綱吉の望みが叶うことなく、甲府から甥の綱豊(6代家宣)を養子に迎えることになったことを知っていますね。そこで上田は最終章となる本編の副題に「不治」を持ってきたのであろう。

一方良衛は、側用人に出世した柳澤吉保の命で将軍の食事について調べていくうち、その根源に徳川の血筋を揺るがす驚くべき陰謀が隠されていることに気付く。

3代家光、その嫡男で4代家綱、そして5代を継いだ弟の綱吉。なんとその家光の嫡流を亡き者にしようと企てるものがいるのではないか?

何故に徳川宗家の血筋を絶とうとするのか?


祐筆部屋で将軍家の過去を調べてゆくうちに、ついに良衛は徳川の嫡流の秘密に気付くのだったが・・・。




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最終更新日  2019年02月26日 13時30分08秒
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