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正夫は、よく夢の話をする
人は、「どうしてそんなによく夢をおぼえているのか」と訝しがります どうしてかというと、正夫は不思議な夢を見た後は、すぐに眠らず、夢のストーリーを反芻するからだと思います 昨晩の夢もまた、不思議でした 夢の中で正夫は、妻の最期を看取っていました 妻はやせ細ってしまって、荒い息をしています 正夫は、すっかり白髪になってしまった妻の髪を撫でながら 「もうがんばらなくてもいいんだよ、ありがとう、ありがとう」 って語りかけています 妻はもうしゃべる力などありません 目を見開いて宙を見、荒い息を吐き、その後「スーーッ」っと息を吸った後、妻は二度と息を吐くことはありませんでした 夢の中で正夫は、悲しい気持ちよりも 「ありがとう」 という感謝の気持ちに満たされていました 妻が旅立って数日経ちました 正夫は、ふと、「妻に会いに行こう」と思い立ちました 正夫は急な角度でせり上がっているトンネルに飛び込みました すると自分はまるで羽根にでもなったようにトンネルの中に舞い上がりました そしてふわっと着地しました そこは、正夫の故郷の吉野の実家の家の中のようでした 木の雨戸は閉まっていて屋内は真っ暗ですが、戸の隙間から漏れてくる光で、外は真夏の強い日差しが差していることが分かります だんだん暗さに目が慣れてきました 室内を見ると、なんと何日か前に見送った愛しい愛しい妻が畳に敷かれた布団の横に正座しているのが見えました 「由里子…」 正夫が声をかけると、妻は死ぬ前の老人ではなく、その昔初めて会った頃のような、娘の姿をしていました そして正夫の方を見て、生前のように 「お父さん」 と言って、恥ずかしそうにエヘッと笑いました 「すまんかったな、苦労ばっかりさせてしまって…」 「そんなことないよ。楽しかったよ」 妻は笑いながら首を横に振りました 「こんな早く死なせてしまって、ごめんな」 「ううん、予定通りだったの。これでよかったのよ」 「苦しかったか?」 「ううん、その前後のことはあんまり覚えてないの。気がついたらこっちに来てたわ」 「ありがとうな。俺と結婚してくれて」 「いーえ、こちらこそふつつか者をもらっていただいてありがとうございました」 妻は少しおどけながら畳に手をついて頭を下げました 妻は、夢の中では市松人形の様な頭で髪も真っ黒でした そこで目が覚めました 目が覚めたときの正夫は、素晴らしい映画を見た直後のような感動で胸が一杯でした 絶対にこの夢を忘れるものかと思い、冷たい水を飲んで少しの間ベッドに腰掛けていました 妻を見ると気持ちよさそうに眠っています 正夫は、もう一度妻にお礼を言うつもりで、寝ている妻の頭のてっぺんを、いい子いい子するみたいに撫でました すると妻からは 「蹴り、入れるよ!」 という、きつーい言葉が… ああ、やっぱりあれは夢だったんだ 夢で良かった 正夫は、もう一度布団に入りました お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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