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幸せに日向ぼっこ



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夕陽を浴びるタロー~虹の橋より (タローちゃん、今も変わらず大好きだよ~。)


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「あれはニャンだ?」 「うん、ニャンだろうね。」

タイトル(タロー&トニー)
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虹の橋



July 17, 2019
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カテゴリ:気になるTV番組
2019年NHK大河ドラマ 『いだてん~東京オリムピック噺』
第27回の部分的な感想です。

今回は金栗四三(中村勘九郎さん)が東京を去ることで
いよいよ田畑政治(阿部サダヲさん)に主役交代になる
回で、さほど感動はないかと最初は思ってました。

しかしそうはいかないのがこのドラマです。
まず前半に、四三の兄・金栗実次(中村獅童さん)の
急死によって、池部幾江(大竹しのぶさん)の存在感と、
四三と実次の兄弟関係をちゃんと理解していた幾江の
言葉に、静かな感動がありました。

そして終盤、密かに上京してた実次が嘉納治五郎(役所
広司さん)に手合わせを願い、自分のことと弟・四三の
ことで嘉納に挨拶をした場面では、この27回は中村
獅童さんに全部もってかれた!と思ったほど感動でした。

書を読み、字も達筆な実次は、本当は勉強が好きだった
だろうけど、貧しい家の長男としてひたすら働き続け、
自分の夢をすべて四三に託しました。

己の死期が近いのを悟っていたのか、弟・四三の説得と
いう名目で上京し、たぶん憧れだった嘉納に手合わせ
してもらって思いを伝えられました。

スポーツの部分では感動はなくても、家と弟のために
働き続け、幾江さんの怒りの的になってやってた実次
という優しい男の人生に感動した回でした。


金栗四三(中村勘九郎さん)の故郷・熊本に住む兄の実次(中村獅童さん)が
四三の長男の正明(四三の子役を演じた久野倫太郎くんが再び登場)を連れて、
弟の四三にそろそろ熊本に帰ってくるよう促すために17年ぶりに上京しました。
実次は東京見物をしながら、関東大震災の後たった5年で目覚ましい復興を遂げ、
さらには東京では間もなく地下鉄道が開通するということに驚いていました。



一方、田畑政治(阿部サダヲさん)は3年後のロスアンゼルスオリンピック(1932)に
日本の水泳チームが勝つために、世界水準の競泳プールが必必要と考えていました。
そこで大日本体育協会(体協)会長の岸 清一(岩松 了さん)に神宮プールの建設を
掛け合い、さらには国民に世界レベルのスポーツを見せて国民のスポーツに対する
意欲を高めようと考えていました。



田畑が水泳チームの強化に奔走している頃、四三は熊本の兄・実次が危篤という知らせを
受け大急ぎで帰省しましたが、最期の時には間に合いませんでした。
そして今では四三の義母となった池部幾江(大竹しのぶさん)が弔問に訪れ、実次の
亡骸に向かって「あんたがおらんと張り合いがない」と、そして実次の母・シエ
(宮崎美子さん)には子に先立たれた同じ母として慰めの言葉をかけました。



歳の離れた兄・実次は四三が幼い頃から父親代わりの存在で、四三が長距離を走れる
ようになったのも、東京の大学に行けたのも、ストックホルムオリンピック(1912)に
行けたのも、みーんなこの兄のおかげでした。
そのことをよくわかっている幾江は四三に「今晩は仏さん(実次)の傍におれ」と言い、
兄・実次がこれまで自分のためにしてくれた数々のことを振り返った四三は「そろそろ
潮時ばい(=熊本に帰る)」と実次の亡骸に決意を伝えました。



関東大震災から7年がたった昭和5年(1930)、東京では帝都復興祭が賑やかに
行われていましたが、東京市長の永田秀次郎は「復興祭で終わりでは困る」と
東京を盛り上げるための次の一手を考えていました。



10年後の昭和15年(1940)は紀元2600年にあたり、このときの記念事業として
東京でオリンピックを開催したらどうかという案が秘書の清水照男から出され、
さらに清水は永田に嘉納治五郎に相談したらどうかと話をもちかけました。
そしてそのころ、国際大会にも使える神宮プールが完成しました。



神宮プールのこけら落としでは極東大会が開かれ、その時に200m平泳ぎで
若干16歳の前畑秀子(上白石萌歌さん)が日本新記録を出し注目となりました。
前畑秀子は実家は裕福ではないけど水泳の才能により、名古屋の私立椙山女学校で
校長先生のお声掛かりで学んでいました。



まーちゃん(田畑)は水泳の日米対抗戦開催のためのスポンサーになってもらうために
自分が勤める朝日新聞社の社長・村山龍平(山路和弘さん)に「新聞の売り上げを
伸ばすチャンス、ラジオも巻き込む」と持ち掛けました。
まーちゃんはやかましいけど、発想、行動力、説得力、どれも本当にスゴイですね。



さて金栗四三はというと、東京での生活をやめて熊本に戻ると決めたので、そのことを
恩師の嘉納治五郎(役所広司さん)に報告していました。
嘉納は10年後に東京にオリンピックを呼ぶために四三には東京にいてほしいと
引き止めますが、四三の決意は変わりませんでした。
しかし嘉納がふと「(実次は)あんなに元気だったのに」と漏らした言葉に四三は
ひっかかり、その真相を尋ねてみたところ・・・



兄・実次はナント、道場破りという形で嘉納に手合わせを申し込み、投げ飛ばされた
後で「韋駄天の兄」と名乗り、「“順道制勝”の極意、しかとこの身に受けました!」
と嘉納の言葉を学んでいることを伝え、そして「弟が大変お世話になり申した。」と
額を畳につけて深く礼を言いました。
思えば兄上は、本当は勉強ができるのに、長男で家業を継いで家のためにひたすら
働いて、大学への夢をすべて弟の四三に託した人でしたね。



四三が嘉納に別れの挨拶をしているときにまーちゃんがやってきました。
まーちゃんは四三に「三度のオリンピックで一番の思い出は何か?」と尋ねました。
三島弥彦とのこととか四三はあれこれ思いを巡らせ、たどり着いたのは、初めての
オリンピック(ストックホルム)でのマラソンで日射病で民家の庭に倒れこみ、
そのときに受けた介抱での甘いお菓子と紅茶の味でした。
ただ口下手な四三はそこに至るまでの思いを全く語れず、まーちゃんはただ白けて
わけがわからないばかりでした。



それでも、まーちゃんは思います。元祖というのは偉い、と。
初めて世界で戦った日本人、元祖オリンピックは三千世界広しといえども金栗四三
ただ一人だと自分は認めていると。
「さよなら」と去っていった四三の後姿に、まーちゃんはぺこりと頭を下げました。







Last updated  July 18, 2019 12:22:49 AM

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