ミステリの部屋

2010/05/23(日)09:29

オリンピックの身代金:奥田英朗

日本ミステリ(あ行作家)(52)

昭和39年夏。 10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。 この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は 誰一人としていない。 そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。 同時に 「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた! しかし、この事件は 国民に知らされることがなかった。 警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。 「昭和」が最も熱を帯びていた時代を、圧倒的スケールと緻密な描写で描ききる、エンタテインメント巨編。 内容(「BOOK」データベースより) 奥田さんの作品は、ユーモアたっぷりで時に爆笑してしまう、伊良部シリーズしか読んだことがありませんでした。 この作品は、それらとは全く雰囲気が違う社会派サスペンスですが、ぐいぐい引き込まれました。 昭和39年といえば、私はまだほんの子どもだったし、九州に住んでいたこともあって、オリンピックの記憶はほとんどありません。 しかし、この作品を読むと、その頃の日本には、オリンピックを機に、東京を国際的にも認められる都市にするのだ、という気運が溢れていたことがわかります。 武道館も、代々木の国立体育館も、モノレールもオリンピックのために作られたのですね。 そんな時に爆破事件が起こり、東京オリンピックを人質に、身代金が要求されます。しかしそれは、国民にはまったく知らされませんでした。 刑事の視点で描かれる章と、時間を戻して、兄を出稼ぎ先で亡くした東大生・島崎の視点で描かれる章が交互に配され、次第に一つの地点に向かっていくところが緊迫感を高めます。 熱くなる刑事に対し、冷めた犯人の様子が印象的でした。 オリンピックの成功を夢見て国民が熱くなっていく裏で、田舎には信じられないくらいの貧困にあえぐ農村があること。 オリンピックに間に合わせるため、過酷な労働条件の建設現場で働き、時には命を落とす者がいること。 この作品では、ただ昔を懐かしむだけではなく、昭和の光と影を描き切っており、その迫力に私は圧倒されっぱなしでした。    

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