カテゴリ:★小説「メデューサの聖廟」
職員室はいわば象牙の塔である。学生たちとの確執を離れて、教師たちが自分たちの聖域を守るために存在する。古き良き時代には学生たちが入室するときはノックをして、丁寧に頭をたれ、心からでなくともそれなりに教師に対して敬意を払ったものだ。しかし今は友達感覚で両者の関係はなりたっている。それでも美緒は職員室へ入るときは、体が縮むような恐れを感じたものだ。それは歯医者の予約時間に向かう、その時に似ていた。この恐怖は彼女の肢体にカビの胞子のように巣くっていた。母親の影響かもしれない。教師の母親を恐れ、敬意を払いずっと生きてきた。その感情は職員室のドアに手をかける度に、美緒の内界に誕生していた。
思い切って中に入ると、教師たちは部活動のために出ていて今なら秘密の話でも何でも可能だった。運のいいことに美緒が最初に会いたかった物理の教師の飯田がいた。確かパチンコの負けがこんでいて、母親が金を貸していたらしい。 「借金? たしかに高島先生に借りてたけど、もう返したんだよ。あれって自殺でかたついただろ? どうして君がそんなこと聞いてくるの? 昨日も刑事がきいてきたよ」 美緒は母親の芳子から借金をしていたという、 「氷上って刑事さんですか?」 「たしかそうだっけな。何度も何度も事情聴取されてさ、もうやめてくれってカンジだよ。高島くん、君探偵ごっこでもやってるの? そんなヒマないだろう、高島先生のためにも受験勉強したほうがいいだろう。あの人は教育熱心だったからな」 「はい、そのつもりです。お母さんは自殺だと思います。あの、お母さんは他の先生にもお金貸してたんですか?」 「たぶんね」そういうとメモ用紙を取り出して、ペンを走らせた。書かれているのは教師たちの名前だった。 「君が高島先生の娘だから教えてあげるけど、彼女から金を借りていたのは俺だけじゃないんだ。警察が把握できなかったことは、たくさんあるよ。一人一人隔離して話を聞いても、みんな関わりあいになりたくないし、先生は自殺が濃厚だったから余計なことは言ってないよ。ここに書いてある者は、金を借りていた。あの人は堅実な人で貯めこんでいたから、頼み込む教師は多かったよ」 「きょ、教頭先生も!」 飯田は指をたててしーっといった仕草をした。職員室にはあと3人の教師たちがいた。みな採点やコンピューターでの文書作成など、自分の世界に没頭していた。 「そうだよ、あの人は先物取引で失敗したんだ。しかも浮気がバレ奥さんに離婚を迫られ、その慰謝料で四苦八苦して高島さんに借りたんだ。返済してたけど退職金で残金を返すっていってたから、まだ残ってるんじゃないかな。あの人が自殺したのをいいことに、踏み倒す気かもな。聞いてみたほうがいいよ」 人は見掛けに寄らないとはこのことだろう。母親に負けずとも劣らないあの品行方正の教頭が、金に困っていた。大人社会は謎に満ちていた。 「はい。この工藤先生もお金を借りていたんですか?」 「あ、その先生は職員室でテレクラに電話してて、人妻と話してた。学校のコンピューターでアダルトサイト見てたりして、それを高島先生に見られたんだよな。ちょっとのぞいてみただけなのに、不良教師はやめさせてくださいって校長に直談判したんで、恨んでたよ。俺はもう出世できないって。教師だって社会勉強は必要だろ? なのにあの人はたった一度の過ちも許さないんだから、ひどいよな」 「先生も出世したいんですか?」 「当たり前だよ、主任や教頭はては校長になりたいよ」 「学生たちに知識だけでなく、人間としての生き方を教えたいとかいう目標もあるんですか?」 「痛いとこついてきたね。それは青春の妄想さ。現実的には安定してるし、親が教師になれって言ったからっていう理由の方が多いよ。優等生で生きてきたから、自分は教師になるべきだと思いこんでいるのとかさ。高島だって、母親が教師だからなるんだろ? 代々教師家系だからなったっていうのも、やっぱり多いよな」 「ち、違います。あたしには理想があるんです」 「理想なんて、今のあのガキたちに通じるかい? 教師を尊敬なんかしてないし、自分たちがいま楽しむことばかり考えている。世界は自分を中心にまわってると思っているよ。そんな生徒たちに念仏唱え たってムダってことさ。悪いことはいわないよ、もっと別の仕事を選んだ方がいい」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.01.29 21:34:14
コメント(0) | コメントを書く
[★小説「メデューサの聖廟」] カテゴリの最新記事
|
|