春―8
ハルは毎日同じ事を繰り返した。朝起きる。マーガリンとジャムをたっぷりのせた香ばしい匂いのするトーストを食べる。顔を洗い、歯を磨き、髪を梳かす。渋谷で買ったハルの体には見合わないくらい大きなTシャツを着て、それとは裏腹にちょっと高めのジーパンを穿き、海に出かける。日本人と外国人が同じくらいの割合でビーチで寝転んでいる。あちこちでパラソルが開いている。ビールやらコーラやらジュースやらがはじける。サーフボードを持った若い男達が波を掴もうと泳ぎ続けている。親子連れが多い。カップルも多い。何をするにしても、一人でいる奴はほとんどいない。そんな光景をハルは毎日見る。海で泳ぐ時もあれば、一日中こうして椰子の木の日陰で海を眺めている時もある。海が凪ぐ時の風が気持ちよかった。求めれば彼らは応えてくれた。太陽は相変わらず強い光線を出し続ける。昼は近くのレストランで軽く済ませた。なにしろ体力を使っていないのだから腹は空かない。体にとってはいい迷惑なんだろう。とハルは思った。夕方になると海の見えるカフェに入った。海を眺めたり、本を読んだり、店内の移り変わる「変化」を見たり。何が楽しいのだろう。しかしそれは彼らが考えればいい。どうだっていいことだ。日が沈むにつれ沿岸に灯が灯っていく。何かを待ち続けているのか、あるいは何かを守っているのかは知らないが、それは美しかった。完全なる夜が訪れると、バーに入ってカクテルを飲んだ。無性に体が乾き飢える。飲むたびにカクテルの種類を変え、意識がなくなるまで飲み続けた。しかしどんなに意識がなくなろうと次の日になれば、マーガリンとジャムをたっぷりのせた香ばしい匂いのするトーストを食べていた。一週間ほどそれは続いた。