CASA DE SATCH UMINO

2004/05/11(火)22:35

calle Uruguay 69 Mexico D.F. HOTEL MONTECARLO

国外へ移動する話(2)

そのホテルはもう100年+@もそこにあるのだという。 1920年代にはD.H.ロレンスが投宿して何かものしていったとか、なんとか。 じゃあ、エミリアーノ・サパタやパンチョ・ビリャが通りをぶらついたりもしてたのだろう。 60年代は学生たちに発砲された銃の音がここまで聞こえたかもしれない。 80年代の大地震にも倒壊せず、そして今も平気でそこに立つ。近所が地盤沈下しつつあっても、だ。 ソカロからちょっと内側、二月五日通りを通ってふたつめを右。ウルグアイ通り69番地にホテル・モンテカルロはある。 風呂付で14.5$、なければ7$くらい。 いつ作ったのかわからないアール・ヌーヴォー以前のスタイルっぽい半円状のガラスにHOTEL MONTECARLO,外からはどピンクのネオンが縦書きに文字を綴る。初めてきたときは(・・・おお、大丈夫かよここ・・)と30秒くらい考えた、でもそれから10回はここに泊まっている。気に入ったからだ。高い天井、石の床、月日が勝手に醸し出した退廃のにおいに見えるけど今もここでは「現在」であり続ける。 わざわざクラシカルな意匠や演出をほどこさなくても天然でシブイ場所。入って左側にはレセプシオン、磨かれた重厚なカウンターの上には各国のお札がずらっと並ぶ。バックパッカーが好みそうな宿、ではある。カウンターの横には電話機とシールド、それから部屋の分だけあるプラグの下に書かれた部屋の番号は茶色くなっている。内線を入れるとき、いちいち部屋の番号の穴にさしてしゃべる。 その横には木製電話ボックス。 これまた、いちいち「でんわかけます~」とおやじに申し出て「外線」にシールドをつなぎなおしてもらうのだ。「まってろよ~・・」(アウリータ・・・)ボックスから顔出しておじさんをみると「今つないだ、もうしゃべれるぞ」・・もうフロントというよりは「大家のおじさん」かもしれない。 このおじさんにバウチャーを見せると、「ここに名前と国籍かいて」とでっかい宿帳と青いボールペンを渡される。いったい、何年分の宿帳なのだろう・・。 レセプシオンの反対側はくたびれ気味のゴブラン織りのソファとTV。ここで夜、同宿の友とサッカー観戦に燃える人もあり。ここは厚い防弾チョッキ着た警備員の兄さんの詰め所?でもある。24時間ここにいてくれている。(昼間はTVみていたりするけど。)その傍にアグアミネラルの大きな瓶がさかさに下がっていて、ホルダーについた蛇口をひねればいつでもお水をもらっていけるのだ。 奥はBAR y RESTAURANTEってガラスに書いてあるけれど、残念。今はガレージとして使われている。車で来る人だっているし、路上駐車が難しいとこだから駐車場経営のほうが儲かるってことらしい。 さて、でかくて厚いプラスチックについた鍵をもらったら左側のエレベーター(エレバドォルorアセンソォル??)を押して箱のおりてくるのを待つ。業務用冷蔵庫みたいなドアを力いっぱいあけて荷物と自分を載せる。なにせここにはおじさん二名と昼間来る掃除のおばちゃんだけでmozo だのcamareraはいないので、すべて「自分でやんな」・・いっそ清々しいと言えよう。 2.3階までが普通の客室で四階は屋上。しかし屋上にもペントハウスが3室(だったかな)ある。横に小さな調理できる場所(使ってるのか??)もあった。 さて、鍵には211とかいてある。 自分のスーツケースのずずずずっという音が館内じゅうにだらしなく響く。古典的なガチャガチャ音をさせながらドアを開ける、があんとドアあけるとまた響く。 高い漆喰の天井、合板のタンス、でかい仕事用みたいな机。その上にはガラスびんに入ったアグアミネラルと厚ぼったいコップ、それから素焼きのホテルロゴ入り灰皿。 ベッドのわきの壁には0123とだけ書かれた丸いつまみ、ひねるといきなり天井のスピーカーから哀愁のボレロやスペイン語のロックが流れる。ボリュウムは調節不可。 さて、荷物を放り出してどーん、とちょっと固めのベッドに飛び込む。少しすると往来を走るビートルの音やしょっちゅう鳴らされるクラクションのさんざめいたのが耳に入ってくる。露天の売り子が”jugo de naranja~、 tres pesoooooos!"・・「ペソオオォオオス」と耳につきように叫ぶ声。ぜんぶごちゃまぜだ。 それでもわたしはここの雑多なせわしさがなんとなく好きだ。わけのわからん用途不明のものを一日商う困り顔の赤ん坊抱いたままのオカアチャン、だんなが編み物する傍で(製造しつつ、というか)そのセーターを売るおばちゃん、薬草売りのおばあちゃん。みんなどこか奥ゆかしく、でも商売もちゃんとする。パワフルだ。 さて、ホテルのなかも物色しよう。 共同シャワーの曇りガラスからは長居する誰かさんのでかい黄色のシャンプー瓶がおぼろげに見える。わたしの部屋は、一応風呂付。気温差があるとき、外のシャワーじゃちょっとつらいので。 でも、そろそろ日が落ちてきそう。 山の気候だからぐっと気温も下がるし。 ほこりっぽい顔を少しだけどうにかして外に出よう、お金はすこしだけ、カメラはかばんの底。夜も撮るから白黒ISO400も持参かな。身支度は「てきとー」がここのドレスコード、時計ははずしていく。 時間なんて教会の鐘の音でじゅうぶんわかるしさ。 さて、きょうの夕方コース。 ドンセレス通りの古本屋→カメラ屋→ファミレス”VIPS"→明日の朝用のパンを買いにpasteleria Madrid→電気屋街・・夜のBARを流し撮り・・・とか、なんとか。 こうやってぶらぶらして帰ってきたら、MONTECARLOのガラス文字はすっかり裸電球の飴色に染まっているのだった。夜勤のおじさんにレセプシオンは交替。警備のお兄さんは長い夜に備えて自分用らしい瓶からネスカフェを淹れて飲んでいる。息がちょっと白い。それでも、真昼は30℃。 この国のひとは、一日中「衣替え」をしているみたいだ。 ウールのセーターと、Tシャツがいつも現役。 明日はどこまでいこうかな。 天井のぼろスピーカーから聞こえる甘ったるい声をききつつ、のりがバリバリに効いたシーツに足をつっこむ。 壁の横を見ればなぜかドン・キホーテの絵。

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る