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カテゴリ:小説集~笑いの玉手箱
「モ、モンゴルに帰りたい・・・」
横綱はうつろな目をしてつぶやいた。その様子は強さを誇示していた人間とは思えない弱々しいものである。 「どうして、日本で頑張れないんだ」 親方は横綱を励まそうとしたが、 「モ、モンゴルが・・いいんだ・・」 横綱の表情は生気を失ったまま変わることはなかった。 「もうこれは精神病です。即刻モンゴルで療養すべきです」 精神科医もさじを投げたように言い放った。 医者の診断もあって、横綱は人目を避けるようにして空港へ向かった。そして数時間後、横綱を乗せた飛行機はモンゴルへ逃避行したのである。 日本の真夏の空には、細い飛行機雲だけが残された・・・。 さて、モンゴルの平原に赤いTシャツを着た男がひとり。そう、横綱であった。 横綱の片手にはなんとサッカーボールがあるではないか。 「よし続きだっ」 横綱は勢いよくボールを蹴り上げた。 「ヒデ、パスだっ」 モンゴルの気候が合うのか、短時間ですっかり元気を取り戻したようだ。 「横綱、大丈夫なのか」 さすがの旅人ヒデも心配そうに尋ねたが、 「俺はサッカーの続きをやりたくて帰ってきたんだ。大丈夫に決まってるぞ」 その表情も数日前とは変わって、自信満々であった。 「それよりもテレビカメラに気をつけなきゃ」 急に横綱はおどけたように大きな体を縮めた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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