夢 一夜
私は。その晩もまた夢を見た。幾つものたくさんの夢がとめどなく押し寄せて目が覚めるのだ。いやな寝汗と共に目がさめた。薄明かりの中でにらんだ目覚まし時計は三時を指している。夢の断片がなんとなく浮かびかけて嫌な感覚だけが反芻されている。ふっと頭にお金を返さぬ男の顔が浮かんだ。口に冷たい水を含みながら、窓の外の景色を見た。キッチンに置いたままの携帯を手にして確認する。「明日には 帰ります」 彼らしいわと、笑った。返信はあるはずもなかったが 期待してる自分がいることを認めるのがすこし嫌だった。 時間つぶしのための女友達にも連絡がつかず結局のところ、たまったビデオの録画を見る作業に時間を費やした。ベッドに横になると、ただ、ただ、お棺の中の白い顔が浮かんだ。夢で見た景色だろうか、文字は見えないが、葬式の案内の看板が新緑の植え込みの中に立てかけてある。大勢の喪服姿が往来してる気配を感じる・・息が詰まりそうになって、部屋の照明を点けた。携帯のメールを打ちかけて途中で投げた。 無意識に何かを焦る感覚が襲ってきた。明日でいいわ・・そう思い直しながらも、すぐに連絡がつかないのが玉に傷なんだよね・・そう 思った。布団を抱きしめながら 彼の手の感触をリアルすぎるくらい感じた。 気がついたら眠っていた・・絶望的観測が当たるのならば 毎日でも励行する。誰しもそう思わないからしない。 現実とは皮肉なものであるのだから。どんな痛い目を見ても、つらい思いをしても、時間と共に記憶と感覚は風化していく。その瞬間には、ココロに鮮明に強烈に刻んだはずなのに。あくる日の空は 恐ろしいくらい 晴れていて 気持ちが良かった。午後には向けに行かなくちゃとスケジュール表に羽田、午後三時と記した。いつになく道は空いていて 思いのほか早く会社に着いた。なぜか、いつもの様子と違っているのがすこし気になったけど。急に襲われた 深い眠りに・・そして目を開けたら また嫌な夢を見ていたようで時計を見ると 午前三時。 またため息をつきながら、携帯を見る。どこにいるの? 意味の解らないメールがある。おかしなことに 日付が昨日のままで しかも 午後三時・・有田焼の根付がついた携帯を握ったまま 再び私は横たわった。春近い 昼下がり 喪服姿の彼の手元にある 彼の携帯で彼女の有田焼の根付が揺れていた・・あの日 メールすることを しなかった 彼女のココロのように夢は さめからず・・