『夕陽をあびて』
シナリオ本『夕陽をあびて』(山田太一)読了。89年にNHKで放送された全3回のドラマの脚本。定年を過ぎた老夫婦(大滝秀治・八千草薫)がいる。旦那は家にいてテレビを見るだけ、他にやることもない。奥さんはそんな旦那の姿は見たくない。子どもも独立して二人だけなのだから、もっと生き生きしてほしい。いま住んでいる都内の家を処分して、郊外に越そうかという話があるが、そうしたところで旦那はそこでも家の中で独り所在なげに日々を送るだけだろうと思うと、越す気にもなれない。そんな折、奥さんは近所に住む顔見知りの外人から、オーストラリア移住の話を聞く。自然は綺麗で物価は安い。老後を過ごすにはもってこいの場所のようだ。この年で、英語も喋れないのに苦労するに決まっている、と渋る旦那を説き伏せ、旅行会社の説明会に参加し、いきなり移住はムリでも、ちょっと体験だけでもしてみよう、と夫婦で1週間だけオーストラリアのパースで、「生活」を体験してみる。あれだけ渋っていた旦那だったが、なるほど行ってみると、思わぬ楽しさに触れる機会がままある。日本にいたときとは大違いだ。実際、移住した人の家に招待され、そこの奥さんから、海外での生活が日本に比べて、どんなにいいかをこんこんと聞かされる。そんなにいい話ばかりあるはずないだろう、とそれはわかっているが、しかし全否定する気もない。ここまでずっと読んで、移住についての話だと思っていた。ふつう、そう思う。だが、そうではなかった。作者の真意は別にあった。夫婦は、体験ツアーに参加していたもう一人の男の家を訪ねる。男も移住するまでは考えていなかった。それは、男の妻(幾子)が頑なに外国なんか嫌だと言っているからであった。その妻の前で、大滝秀治(竜作)が語りだす。昭子は八千草薫。竜作 そのとおり。向こう行きゃ、大変ですね。昭子 でもね---。竜作 そう。でもね、奥さん。今度、私は旅行して、ああ、こういう 人生もあるかもしれない、まったく不可能なことじゃないかも しれない。昭子 ええ---。竜作 自分の老後を、せまーく、用心深く、どっかあきらめて生きてた なあって、とっても思いましたよ。昭子 ええ---。竜作 たしかに、私たちはすぐ行こうとは思っていません。あなたより、 二十くらい上だもの。向こうの国だって、お前なんかだめだと いうかもしれない。昭子 そう---。竜作 でもね、三十パーセントぐらい、行って暮らすのもいいなと思って います。昭子 ---(竜作を見る)竜作 そんなことは、旅行前には思ってもいなかった。とんでもないこと だと思っていました。幾子 ---(目を伏せている)竜作 しかし、今は、とんでもないこと、思ってもいなかったことを、まだ やろうと思えばできるかもしれないって。八重樫 (うなずく)竜作 そういう元気が出てきました。昭子 (うなずく)竜作 どっかで、自分の人生は、もうここまで、そうやって見切りつけて きたとこあったけど。そうでもないな、まあ、外国で暮らすっていうのは、 ともかくとしても、まだまだ思ってもいなかったことをやれるかも しれない。そう思えて、なんか気持ち、明るいんですよ。 (略) とんでもないとお思いでしょうが、とんでもないこと、たまにはしてみる のもいいもんですよ。と、このように老後の生き方を問いかける話であった。とんでもないことの具体例として、移住というモチーフがあった。どこに住もうと、夫婦二人きり。二人でどのように過ごすかが大事。そういう話であった。