おおきく振りかぶって 第6話おおきく振りかぶって第6話 投手の条件 《仕留めるぞ、この回も3人で終わりだ》 2アウトで三星の打者は吉君で、吉君が打ったボールを田島がキャッチして、3アウトをとるのだった。 「ごめん、叶。なめてるつもりはねーんだけど」 「謝んのはまだ早いだろ」 「とっととおさえていこうぜ」 《負けるわけねえ、叶がこいつに負けるわけねえ》 打者として立った三橋は三振してしまう。 《叶は上手いことガス抜きできたようやな。腕の振りが戻ったで。この調子なら点は入らん》 2点リードで迎えた5回であったが、このまま西浦高校優勢で続くかと思われた試合は、しかし調子を取り戻したピッチャー・叶によって勢いを止められ、追加点を入れることができないでいた。 『五回裏、三星学園学園の攻撃は4番、ファースト・織田君』 《さて、後はこっちの得点なんやが、ま~たランナーなしや。ランナー返すからクリンナップゆうんやで。打てるは打てるが…が、ただでさえ球遅い上にランナーおらんで点取らな思うとつい力んで好きなコースは振れすぎる。それにしてもええトコへ来よるわ。まさか狙うて放っとるわけやないやろうけど…チィ、外ギリギリの後、こう喰い込まれると体がついてかん。ホンマうまい具合に荒れとるわ。問題は次や、1球遊ぶか?速球来るか?変化球か?カーブや、入っとる。振らな…》 しかし、見送り三振の1アウトになってしまう。 《アカーン、打席でモノを考えとる時点で負けやあ!!》 「ワンアウト!!」 《よーし、今回も4番を見送り三振にとったぞ!!見送りの三振は投手にとって最高のアウトだ。気持ちいいだろ!?俺といればいくらでも気持ちよさを味わわせてやるぞ。忘れるなよ、お前の力を引き出してやれるのは俺だからな!!》 三橋は三星学園を相手にこれまでパーフェクトピッチングだった。 一人のランナーも許さない好投を続けていた。 《あーあ、畠はまた上げちまったよ。1年生同士とはいえ、チームの格はウチが上…つーか、理事の孫がいなきゃ試合をお断るするランクのチームなんだよ。名もない公立校、選手は1年生のみ、監督が女性。監督遠征中の留守を預かる身としては勝たなきゃマズイぜ。大体うちの子らは向こうの投手を知ってるはずだぞ。なのに何故1本も打てない?何故打てないのか分からないんじゃ手の打ちようがねェよ》 《五回終了後、グラウンド整備を挟んで六回表。西浦高校の攻撃。先頭の沖君は三振したけど、次の阿部君がフォアボールで出塁して、ワンナウト一塁。そして次のバッターは…》 「あっす!!」 《敬遠!?》 《ランナー1塁で敬遠!?》 《こいつら、いつの間にか本気になってる》 ボールフォアで田島も1塁だけ進む。 「しゃあっす!!」 《1塁が埋まってるのに敬遠したな。定石で考えりゃありえねェ戦法だ。だけど頭くる必要はない。田島はそんだけの打者だぜ。落ち込む必要もない!!》 花井は打つも3塁正面だったので、阿部がアウトになり、ランナーが入れ替わって2アウト1、2塁となった。 戻ってきた阿部。 「は…花井君、惜しかったね…。でも、まだ点取れそう…だね」 「叶君が打たれてもいいんだな?」 「ど、どんどん打って。俺は三星の味方なんかしてませんよー…」 《阿部君誤解してるよ…。俺は決心して三星を出てきたんだから。だってもう、俺は…俺は皆の…敵なんだ》 阿部は三橋の頭にグローブを乗せます。 「ボーっとしてないでさっさとマウンドへ行け、ほら」 《チ…ヘタにつつくと逆に里心ついちまうな。結果を出すことに集中しよう。勝利の気持ちよさにさからえる投手はいねェんだ!!行くぞ、三橋!!》 6回の裏、7番田口は三振、8番松岡はセカンドゴロ、9番叶はピッチャーゴロとなる。 7回の表は7番泉がサードゴロ、8番水谷がキャッチャーフライ、9番三橋が三振となる。 『7回裏の三星学園の攻撃は1番セカンド宮川君』 叶は監督代理から100級までに押さえておくように言われているので攻撃中は休んでおくように言われる。 何とか点入れたい織田は何か三橋を攻略できるヒントはないかと、叶に三橋のピッチングについて聞きだす。 「なぁ、叶。自分、三橋のどこに負けとん?」 「負けてねーよ!!」 「俺かてそう思うけど、俺ら手ェ抜かんでも三橋を打てへんやん。もう7回やで、このままなら俺は次が最後の打席や。なんぞヒントになるかもしれん。喋れ!!」 「織田は投手の条件て何だと思う?」 「スピードか、コントロールか、ちう話か?」 「違う、もっと…そいつに投手が務まるかどうかみてえなこと」 「…ちゃんとは考えたことない」 「俺は1試合投げ切れるくらい投げるのが好きなことだって思ってる」 「オイ~~どっちのがより好きかーなんちゅう抽象的な理由やないやろな」 「好きってのは集中してることなんだよ」 「はぁかもな。で?」 「中2の夏くらいからかな。三橋って試合中の失投がないんだ」 「失投て、どのレベルで言うてんねん」 「思った通りの球種とコースを1試合通して投げられるってこと」 「それはできとるかどうか確かめようのないことやろが」 「本人に聞いた」 「そんなん証拠にならんて!!」 「中学最後の1年、三橋の出したデッドボールは0だった」 「はぁ!?」 「フォアボールは枠が極端に外によった審判の試合で出した1つだけ。あいつん家にある“的”ってストライクゾーンが9分割になってんだぜ!!」 「9分割て…!?じゃあ、あいつはコントロールして内外内外投げてるちゅうんか?まさか!!いい感じに荒れとるだけやろ!?叶、投手やっとる奴が夢みたいなこと言うなや!!外ほったすぐ後、あんな内が側――…。そら対角線で放れたら理想やけど、打者の打ちづらい組み立ては投手かて投げにくいんや。内のあとの外、変化球の後の速球…」 「それ、そんなに難しいことなのか?」 「はああ!?」 「投手は三橋しか見てねェから、それが当たり前だと思ってんだよ」 「本気で言うてんのか!?畠。こんなんできる奴そうそうおらんで」 「だからその凄さ分からなかったんだよ。ま、あいつの性格のせいもあるけどな」 「~~~」 「織田!!叶に丸め込まれるなよ!!球自体はスピードのないつまらんボールなんだからな」 「この問答も何度やったか」 「てことはつまり…」 「織田…!!」 「は、はい?」 「一回だけ使える手を考えた。あの投手を打ち崩す手だ」 《あと1つアウトとりゃ7回までパーフェクトで終われる。中学なら完全試合の成立だそこまでやれりゃ、三橋も俺の力を認めるだろ。吉はアウトローに投げときゃいい安パイだ。こいつで締め括ってやる。》 三橋の投げた球を打った吉のボールをキャッチし損ねる水谷。 《クソレフトォォォ!!パーフェクトがなくなっちまった。畜生…!!だが今のはエラー。まだノーヒットノーランがある。次の織田をおさえりゃ、7回までノーヒットノーランだ》 《阿部君、ランナーいるよ。分かっているよね?》 《ここまでの織田の配球はインハイ真っ直ぐ 見送り、インロー真っ直ぐ 見送り、アウトハイカーブ 見送り、アウトハイカーブ ファール、インローシュート 見送り、外のスライダー ファール、内のシュート ファール、外のカーブ 見送り。田島の敬遠から考えても、どうやらこいつら真剣にやり始めてる。そして、真剣にやっても織田は真ん中から逃げてく球を追えない。この打席も変化球で内外に揺さぶれば打ちとれる!!》 《ランナーが出た――》 『球威のない球でもああ揺さぶられたらなかなか芯には当てらんねェ。けど、次どこ来るか分かってりゃお前なら打てんだろ?』 『分かるだけでは打てへんのですよ。前の球の残像で消せんうちに対角線で厳しいトコきよるから体が反応しきれんで―」 『残像なんじゃ残さなきゃいいじゃねェか』 《一球目は目を瞑って…うわぁ、怖っ。何が何でも強振!!そしてコールの前にミットを見る。ミットは外!並はずれた制球力がホンマの話なら次は内や。1打席目の2球以外全部変化球で来とる。次もきっと変化球が来る!内のシュート。もう2球、見とる球や!思い出せ!!」 《今この人、目瞑って振った…!!》 《内にシュートだ》 「内にシュート!!」 《駄目だ、そこは打たれる。ピッチャーの直感―って言って納得するキャッチャーってこの世に何人いるんだろ。しかも阿部君だ、首なんか振れない。阿部君の言う通りに投げなきゃ嫌われちゃう!!》 《こっから変化する、迷うな!!》 織田が打ち、パーフェクトもノーヒットノーランも完封さえ消えてしまう。 《何であんなクリーンヒットが打てたんだ!?織田の力を計り損ねたのか?いや、それ以前に何故俺は織田でアウトをとろうなんて考えたんだ?織田の長打力は分かっていたんだ。打ちとろうなんて思わず、シングルを打たせればよかったのに!!》 「クソッ!!」 《阿部君、怒ってる。首振らないで、阿部君のリード通りに投げたって打たれたら駄目だろ。》 『5番、キャッチャー畠君』 《今日は2-0だ。シャクだが、キャッチのリードで芯を外されてるんだ。だけど、ここは打ちたい。なんとしてももう1点入れてやりたい!!でも俺にはこいつのリードが読めない。俺に対しては対角線のリードもしてこないし、球種さえ読めりゃ打てんのに。なんとかできねェのか、俺!!》 畠は三橋の真っ直ぐを投げる時のクセを見逃さず、ホームランを打つのだった。 「崩れる、西広君、伝令!!」 《阿部君のリードがいくら良くても実際投げるのは俺だ。打者とぶち当たれば弱い方が負ける。俺のせいで…チームが負ける》 《何でだ!?織田も畠も打てないはずのボールなのに。俺は何か間違ってるのか!?》 《三橋君、投げる気なくしてない。この子の投げることへの執着はたいしたもんだわ》 《だけど投げなくちゃ。ここは投げる人間の立つ場所なんだから》 次回、「野球したい」 |