サブタイトル:『解き明かされる宮崎駿のメッセージとは?』
私は、以前からジブリのアニメが特に好きだったわけではないが、アニメ好きの嫁と子供ができた影響で、宮崎駿作品とオフィスジブリの作品は(動画が多いが)、殆ど手に入れた。
メジャーなところで、無いのは、『猫の恩返し』と『火垂るの墓』、『アルプスの少女ハイジ』(古すぎる)くらいかもしれない。
長男のジブリデビューの年齢は9ヶ月くらいの時だった。
当時、家にはPS2しかなかったので、動画はコンピュータでしか見れなかった。
たまたま、嫁が『となりのトトロ』をPCで見ていたら、なぜか息子が集中し始めた。
最初は30分くらいの集中だったが、段々延びてきて1歳くらいには最後までじっと見るようになった。
ある場面ではめちゃめちゃ笑っていた。
この時、ジブリの凄さに感動さえした。(大袈裟な)
現在では、MPEG-4やDivXのファーマットが再生可能のDVDがあるので居間のテレビで楽しむ事ができる。
余りテレビは見せたくはないのであるが、それでも親が楽をしたいのと本人の希望もあり、1日に数時間は見ている。
私がブログを書いていたりすると、必ず息子が私を呼びに来るので、私も仕方なく各作品を何十回と見ている。
トトロに飽きがくると、『魔女の宅急便』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『耳をすませば』、『天空の城ラピュタ』、『ルパン III世: カリオストロの城』、『ハウルの動く城』ときて、最近のお気に入りは『紅の豚』と『千と千尋の神隠し』である。
『もののけ姫』と『風の谷のナウシカ』は殺戮シーンがあるのでなるべく見せていないが、それでもそのシーンを跳ばしてたまに見せてはいる。
2歳9ヶ月にして、ほぼ制覇である。
なぜか『未来少年コナン』は余り興味がないらしい。
それでも殆どのジブリアニメは、子供に受けが非常に良い。
その理由として、久石嬢のピアノ主体のミュージックがいいということもあるだろう。
トトロのサントラ盤を聞くだけで、息子は大喜びである。
また、主人公が殆ど少女や女性というのも影響しているのではないだろうか。
私個人としては、高畑氏の作品が、以前私が住んでいた、東京多摩の聖蹟桜ヶ丘付近の街並みの描写に妙にリアリティーがあり、懐かしくさせてくれることもあり、気に入っている。
全てのジブリ作品全体にいえるが、動きに無駄がある。
この無駄は見た人にリアリティーを与えてくれるのだ。
人間や動物の動作に無駄が無ければ、不自然に映る事になるだろう。
アートに無駄は無駄ではないのである。
また、宮崎作品のなかで異色なのが『風の谷のナウシカ』ではないだろうか。
以前オーストラリアを旅行した友人が『風の谷のナウシカ』はオーストラリア中央部の風景によく似ているといっていた。
ちょうど、『もののけ姫』が日本の屋久島をモデルにしたという話から可能性はあると思った。
そのナウシカだが、時代設定が未来とはいえ、今から20年以上も前の作品なのに全く古臭さを感じさせない。
また、全体的な宮崎作品に比べると、『もののけ姫』同様、珍しく儚いストーリーだと思った。
はかないといえば、先日、『風の谷のナウシカ』を息子に付き合わされて一緒に見ていたら、嫁が突然『ナウシカってノーパンだよね。』っていうので、
『まさか~』
って見てみたら、
本当だった。だったというよりも、確かに穿いてないように見えるのだ。
きっと、ネットで検索してみたら、過去にそういう論議が交わされていたに違いないだろう。
しかし、自分がナウシカがパンツを穿いているか、穿いていないかを、わざわざ調べてるイメージをすると、なさけなく感じたので、結局調べない事にした。(爆)
ここで、一つの仮説が、ひょっとすると『もののけ姫』もはかない(穿いていない)のかもしれないのではないだろうか。(再爆)
『自然と生物の尊さと人間の儚さ』をナウシカともののけ姫がパンツを穿かないことで何かを伝えたかったのではないだろうか。(連爆)
冗談はさておき、ジブリ作品には一般的なこと以外に、必ず隠された真のメッセージが込められていることに気づいている人は、意外に少ないかもしれない。
ジブリアニメは子供にも夢を与えるが、時には大人にも夢を与えるのかもしれない。
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