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テーマ:小説かいてみませんか(122)
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ある日の練習が始まる前に、カナエが浮かれた調子で話しかけてきた。
「ね、トモきいて。誕生日にウチダ君からこれ、もらっちゃたぁ」 カナエが見せ付けたペンダントは、当時最先端のブランドのペンダントだった。夜明け色のブルームーンストーンを繊細な銀細工の花びらがかたどっている。 所々にメレダイヤが組み込まれている手の込んだジュエリーというカテゴリーに入るものだ。 高校生がつけるには分不相応だし、高校生が買ってプレゼントするにも分不相応とみてとれた。 だけど、私にはどうだっていいのだ。 「きれーだねぇ。いいなー、カナエは。」 「へへ、あ、あと定期入れももらったの。」 「ああ、ほしがっていたもんね。」 それだけでなくカナエは浮かれていた。カナエは男性から、結構なプレゼントをもらってもこれほど浮かれたりしない。いつものことだからだ。 「他にもなんか、いいことあったみたいだね、カナエ。」 「そうなのー。運命って言うの?感じちゃったかもー」 カナエはゆるくウェイブをかけた髪の毛をしきりにかきあげた。髪の毛をしきりにさわるのは性的アピールと心理学的にいえると何かの本で読んだ。わかりやすい人だ。 「で、何があったの。」 「夢でー、モトノ君が出てきたのー。わたしのためだけにソナタを弾いてくれるのね、そのピアニッシモがとてもきれーできれーで。もう夢だけど、好きになっちゃおうかなーなんて。」 私の抱えていた膿がぶつっと音を立てて破れた気がした。はちきれてしまった膿は、どろりとした粘度で体中を舐めるように下へ、下へ、落ちていく。 モトノ君のあの音だけは渡したくなかった。透明感の高い繊細で触れると切れてしまいそうな高価なクリスタルのような音色。 渡したくない。 憎しみに近い感情がこみ上げてくるのをとめられなかった。 カナエは私に止めを刺した。 「ね、トモってモトノ君と結構話すんでしょ。協力して。」 「ウチダ君は・・・」 「モトノ君がうまくいったらなんとかするから。」 「私、そんなにモトノ君を仲良い訳じゃないよ。」 カナエはつまらなそうに私を一瞥した。 「ふーん。ま、いいけど。そんなこんなでよろしくね。」 とウチダ君にもらったペンダントをもてあそびながら楽器倉庫へ入っていた。 彼女が出て行ったあとの楽器倉庫の墓場にわたしは、墓標を1つ立てた。 ここはやっぱり、墓場だった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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