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夕方 夕食の準備、鍋や水音、換気扇、皿を動かす音が、聞いても聞かなくてもいい、 自然音みたいに思える。透明な海の無感覚と、風景の三角柱のような不動。 生命を無視して食卓に並べられる残酷な料理だ、蒸し風呂に入ったような火照りを、 折しも感じながらふとした拍子に動物と人間の立場が逆転した世界、 植物や野菜が支配する世界のことを考えていた。愛は都合のいい言葉だ。 顕微鏡で覗くと、どんな小さなものでも見える魔術を掛けられて、 神様のことがあの夕方、夜霧のプラットフォームが延びてこようとしていた夕方、 確かに傍にいた、善悪も、道徳も、心の底の孑孑のように感じられた。 でも生きていること、死んでゆくこと、生かすこと、殺すことに意味を感じられる、 わたし達がわたし達でいるために、その良心を、虫歯に指で触れるようにさわるのだ。 感情も、存在も、自分自身でさえも、無視してゆくことに慣れた現代人は、 夕方の光がただ感傷的なものだとか、美しいものだと思っている。 違う、今日するべきことは終わりましたよと世界が教えてくれているのだ。 正しいことなんか一つもない世界だ、すべては曖昧だ、あべこべだ、嘘だらけだ、 でもそんな暗い想念をすべてさらけだしてもまだ生きてゆける生き物だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年04月18日 23時24分30秒
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