2023/05/09(火)09:54
週刊 読書案内 谷川俊太郎(選)「茨木のり子詩集」(岩波文庫)(その1)
週刊 読書案内 谷川俊太郎(選)「茨木のり子詩集」(岩波文庫)その1 茨木のり子さんです。「現代詩の長女」なのだそうです。2014年ですから、もう7年も昔に出た岩波文庫の腰巻にそう書いてあって、「なんだかなあ」 という気分になりました。
ね、ご覧の通り、やたら聡明そうな写真とセットになっています。
現代詩人とか、女流詩人とかいうのは、こういう兄弟姉妹なのですよというか、新たなる誤解を招くための陰謀ですね、これは。
というのは、もちろん、冗談です。 「谷川俊太郎が選んだ茨木のり子」 ということと、詩人(?)の小池昌代の解説が気にかかって手に取りました。
まず、文庫版の冒頭に谷川俊太郎が「初々しさ」と題して書いている「まえがき(?)」のなかで、 茨木さんの詩業は、亡くなった後に公表された「歳月」によって成就したと私は考えています。 と書いている「歳月」から「駅」という詩を引用紹介します。
駅
朝な朝な
渋谷駅を通って
田町行きのバスに乗る
北里研究所附属病院
それがあなたの仕事場だった
ほぼ 六千五百日ほど
日に二度づつ
ほぼ 一万三千回ほど
渋谷駅の通路を踏みしめて
多くのひとに
踏みしめられて
踏みしめられて
どの階段もどの通路も
ほんの少し たわんでいるようで
このなかに
あなたの足跡もあるのだ
目に見えないその足跡を
感じながら
なつかしみながら
この駅をを通るとき
峯々のはざまから
滲み出てくる霧のように
わが胸の肋骨(あばら)のあたりから
吐息のように湧いて出る
哀しみの雲烟(うんえん) 詩のなかの「あなた」は誰なのか。毎日、渋谷駅の通路を歩き、バスに乗って北里病院へ通った方です。詩人が「あなた」と呼びかける人はもうこの世にはいないようです。詩集「歳月」は「あなた」を亡くした詩人が「あなた」に対して呼びかけた詩を集めた詩集のようです。
本書にも十数編の詩が所収されています。谷川俊太郎の「成就」という言葉の意味をぼんやり考えながら読みましたが、この詩がこころにのこりました。
茨木のり子の出発から成就までが一冊に集められた詩集です。「歳月」から採られた詩にかぎらず、それぞれの人が「ああ、茨木のり子だ」 と感じられるだろうなと思う、胸をうつ詩もたくさんあります。通勤や通学のカバンの隅に入れていて、電車とかで座れたときに、ちょっと取り出すのにちょうどいいサイズです。
そんなふうにこの詩集を読む若いひとを想像すると、ちょっと嬉しくなる詩集です。ときどきお試しください(笑)。
追記2021・10・02
本書の「初々しさ」のなかで谷川俊太郎が「倚りかからず」より、こっちが好きだといっている「青梅街道」という詩を追記しておきます。
青梅街道
内藤新宿より青梅まで
直として通ずるならむ青梅街道
馬糞のかわりに排気ガス
ひきもきらずに連なれり
刻を争い血走りしてハンドルを握る者たちは
けさつかた がばと跳起き顔洗いたるや
ぐずぐずすると絆創膏はがすごとくに床離れたる
くるみ洋半紙
東洋合板
北の誉
丸井クレジット
竹春生コン
あけぼのパン
街道の一点にバス待つと佇めば
あまたの中小企業名
にわかに新鮮に眼底を擦過
必死の紋どころ
はたしていくとせののちにまで
保ちうるやを危ぶみつ
さつきついたち鯉のぼり
あっけらかんと風を呑み
欅の新芽は 梢に泡だち
清涼の抹茶 天にて喫するは誰ぞ
かつて幕末に生きし者 誰一人として現存せず
たったいま産声をあげたる者も
八十年ののちに引潮のごとくに連れ去られむ
さればこそ
今を生きて脈うつ者
不意にいとおし 声たてて
鉄砲寿司
柿沼商事
アロベビー
佐々木ガラス
宇田川木材
一声舎
ファーマシイグループ定期便
月島発条
えとせとら なるほど、いいな。なるほど、なるほど。