僕と彼女と彼女の生きる道本当に、“愛している”のだろうか。 本当に、“生きている”のだろうか。 本当に、“絆”は存在するのだろうか。 いま、幸せを描くと、嘘になってしまう。 子供のことを愛しています。嘘です。 この物語は、今を生きる男女が、絆を結ぶことの難しさとともに、 人を愛する事とは、生きていく事とは、そして、 本当の幸せとは何かを問うヒューマンストーリーです。 僕と彼女と彼女の生きる道 公式HPへ http://www.ktv.co.jp/bokukano/ あらすじ http://www.fujitv.co.jp/b_hp/bokukano/ 「#1 離婚の朝」 新築のおしゃれなマンション。 小柳徹朗(草なぎ 剛)はいつもの朝のようにダイニングテーブルで新聞を読みながらココアを飲んでいた。 「話があるんだけど・・・」。 洗濯をおえた妻の可奈子(りょう)が静かにきりだした。 「離婚してください」 「朝から冗談、やめてくれよ」。 しかし可奈子が本気と気づいて、徹朗は動揺した。 「とにかくなるべく早く帰ってくるから、ちゃんと話そう」 「こんな時に会社行くの?」。 それでも徹朗は逃げるように家を出た。 都市銀行の法人営業部。 それが徹朗の職場だ。 2歳年上ながらシングルの先輩、宮林功二(東 幹久)、部下の坪井マミ(山口紗弥加)と岸本肇(要 潤)、そして上司の井上啓一(小日向文世)が同僚だ。 「今夜、得意先の宴席に出てくれないか?」。 一瞬ためらったが、仕事第一の徹朗は断らなかった。 だから帰宅は遅くなった。 「ただいま」。 部屋を明るくして驚いた。 可奈子のものすべてが消えていた。 もちろん本人も。 翌朝、7歳になる一人娘・凛がいることに気づいた。 「なんでいるんだよ」。 可奈子は一人娘の凛だけ残していったのだ。 「お母さんは旅行に出かけたんだ。急いで支度しなさい」。 そうは言ってみたが、家の中のことはすべて可奈子任せだったため、着替えだけでもひと苦労。 娘と2人きりの朝食は気まずい。 「お母さん、いつ帰ってくるんですか?」。 小学生らしからぬ他人行儀だった。 徹朗は、凛のことがよくわからない自分に気づいた。 徹朗の返事はその場しのぎで、トイレにいきたがる凛を急かして、徹朗は家を飛びだした。 会社に着くと、「可奈ちゃん、出ていったって?」。 宮林からいきなり聞かれて徹朗は息をのんだ。 可奈子から電話がかかってきたという。 「パリへ行くらしい。子供はお前に育ててほしいって」。 まるで事務連絡だ。 「ふざけてる」。いったい可奈子は何が不満なんだ。 徹朗には離婚の理由がまったく思い当たらなかった。 「ただいま」。 徹朗がコンビニ弁当を下げて帰宅すると、トイレから見知らぬ女が出てきた。 「凛ちゃんのお父さんですか?」。 凛に英語を教えてくれている家庭教師の北島ゆら(小雪)だ。 「奥様、今日はどうされたのですか?」 「旅行なんです」。 本当のことを言うわけにはいかない。 凛は少し元気がなかったらしいが、ゆらは何事も気づくことなく帰っていった。 徹朗がホッとしたのも束の間、今度は可奈子の母親、大山美奈子(長山藍子)がやって来た。 「何が原因なの?」 「まったくわからなくて」。 そう答えるしかない。 「凛ちゃんの面倒みましょうか?」。 願ってもない申し出に徹朗は内心しめたと喜んだが、美奈子はすぐに考えを改めた。 「やっぱり実の父親と暮らすのが一番よね」 「も、もちろんです」。 徹朗は良き父親を装った。 その後徹朗は、美奈子の家にいかないかという話を凛にすると、凛は涙を流した。 「あ、この話はもういいから」。 徹朗は、美奈子の家の近くに転校させようと考えていたのだ。 29歳にして念願のマイホームを建てた。 夏には家族でハワイにも行った。離婚の原因がわからない苛立ちはいずれ凛に向けられた。 「早く寝なさいって言っただろ」。 「ごめんなさい」。 しばらくすると、徹朗はようやく可奈子を見つけた。 「どうして離婚したいんだ?」 「本当にわからないの?」。 たったそれだけのやりとりで可奈子は徹朗の前からタクシーで走り去った。 徹朗は凛の担任教師の石田(浅野和之)から呼びだされた。 凛が毎日忘れ物をするようになったという。 「奥様、どうかされたんですか?」。 徹朗は屈辱をグッとこらえた。 休みは朝からたまりにたまった家事に悪戦苦闘することになった。 洗濯機すら解説書がないと動かせない。 可奈子がいないと何がどこにあるのか皆目わからない。 徹朗の苛立ちはつのるばかり。 だから凛のたどたどしいハーモニカについ怒鳴ってしまった。 「うるさいんだよ」。 その後、仕事中に凛からひっきりなしにケータイがかかってくるようになった。 「まだ仕事だと言ってるだろ」。 うんざりして無視していたが、ある日、病院から連絡が入った。 深夜の病院の廊下で待っていたのはゆらだった。 「仕事で遅くなりました」。 言い訳する徹朗をゆらは呆れたように見返した。 「ひどい便秘でした」。 そういえば毎朝、徹朗は凛のトイレを急かしていた。 「お父さんと一緒に家を出たくて我慢してたんです。 あなたにまで捨てられたくなかったんです」。 可奈子がいなくなってから、凛は徹朗に言われるままに従ってきた。 しかしそれは父親を慕っていたからではなかった。 徹朗が一言もいえずにいると、やがて美奈子もやって来た。 「凛をお願いできますか」 「もちろんよ」。 明日からは凛に振りまわされずにすむ。 「ホッとしてるんじゃないですか?」。 ゆらはそう言い残すと帰っていった。 その夜、パソコンで会社の仕事をしていると徹朗の脳裏に、さっきのゆらの言葉がよみ返った。 図星だった。 俺は娘を捨てたかったのだと。 しかしそうまで思って、代わりに守りたいものが何なのか、徹朗にはわからなかった。 「#2 別れの理由」 凛(美山加恋)のことで仕事に集中できない徹朗(草なぎ 剛)は井上部長(小日向文世)から注意された。 「もう大丈夫です。今日退院ですし」。 凛は美奈子(長山藍子)に面倒みてもらうしかない。 そのためには転校させなければならない。 担任の石田(浅野和之)に相談すると、凛はまもなく開かれるクラスの音楽会でハーモニカを吹くのを楽しみにしているという。 ゆら(小雪)が退院祝いのケーキをもって現れると、凛は久しぶりに笑顔をのぞかせた。 ところが床に落ちていた商店街のサービススタンプに気づいた途端、泣きだした。 「どうしよう。凛のせいだ」。 母親の可奈子(りょう)が家出する直前、凛はスタンプの缶をひっくり返したまま片づけなかった。 「そのせいでお母さんは出ていったと思いこんでいるみたいです」。 ゆらは徹朗の帰宅を待って伝えたが、徹朗の反応は「それで」の一言きり。 ゆらが釈然としないでいると「凛のことで俺に意見しないでください。 来週末に引っ越しますから」。 つまり次回でレッスンは最後。 ゆらは感情を押さえて「わかりました」とだけ答えた。 凛の態度が変わった。 「1人で行きます」。 徹朗が出勤してから登校するようになった。 「ただいま」「お帰りなさい」。 徹朗が帰ってくると自分の部屋にひきこもった。 「無視かよ」。 明らかに徹朗を避けている。 日曜日、徹朗は実家を訪れた。 まもなく母親の三周忌。可奈子は来ることができないと伝えると父親の義朗(大杉 漣)は不満をあらわにした。 「女房にわがまま言わせて、どうするんだ」。 家出したなんて言えるわけがない。 晴れない気分で徹朗が帰宅すると、レッスン日でもないのにゆらが来ていた。 「凛ちゃんに頼まれ事をされちゃって」。 ところが徹朗と面とむかうと凛は話さない。 結局ゆらから聞きだせたのは出前の寿司で夕食をすませて、凛が自分の部屋に消えてからだった。 「おばあちゃんの家に行くのは音楽会が終わってからにしてほしいって」。 徹朗と美奈子の会話を盗み聞きしてようだ。 「音楽会なら転校先でもあるでしょ。 俺がちゃんと納得させます」。 そして徹朗はゆらにこう付け加えるのを忘れなかった。 「家庭教師以上のことはしてくれなくてけっこうですから」。 会社の昼休み。 徹朗が休憩室でコーヒーを飲んでいると、宮林(東 幹久)がウンザリした表情で携帯電話を切った。 「妹から旦那のグチ。家族の団らんがないって」。 部下の岸本(要 潤)も加わっていつしか話題は少年時代の思い出になった。 「家族の団らんなんてドラマだけだよ」。 徹朗は決めつけたが、宮林と岸本は父親とよくキャッチボールしたという。 「ないんだ、お前」―。 ゆらは友達に徹朗のことをボヤいていた。 「何もわかってないくせに、自分が父親だってことは主張するのよ」。 その時ゆらの携帯電話が鳴った。 「こわいよぉ」。 おびえた凛の声が聞こえた。 1人で留守番をしていて雷が鳴りだしたものだから脅えているらしい。 「ゆら先生、来て」。 行ってやりたいが、徹朗の言葉がよみがえった。 会社に連絡すると徹朗はまだ残業していた。 「用件だけ伝えます」。 ゆらは凛の様子を伝えると電話を切った。 すぐさま帰宅してくれるものと期待した。 しかし徹朗が家に着いたのは遅かった。 そして凛をなだめるゆらの姿に徹朗の表情は強張った。 「すみません。勝手なことして」 「最後のレッスンの日以外は来ないでください」。 徹朗の声は怒りを秘めていた。 しかし今夜のゆらは引き下がらなかった。 「雷をとてもこわがって、私が来るまで泣いてました」 「仕事をほうりだすわけにいかないだろう」。 冷静なゆらと、自分を必死に正当化しようとする徹朗。 張りつめた空気が流れた。 「あなた、何もわかってないです」。 「わかってるよ!」 「凛ちゃんを愛してないことも?」 「!」 凛との生活に徹朗はストレスを募らせる一方だった。 そして、可奈子から連絡がはいった。 「わかるように説明してくれ」。 徹朗から迫られた可奈子は強い目で見返すときっぱりと言った。 「私はあなたの家政婦だった。これ以上、一緒にいたくないの」。 たしかに徹朗は家のことすべてを可奈子に任せきりにしてきた。 「でも、凛のことは愛してるんだろ?」。 可奈子の表情がゆがんだ。 「私、凛を愛してない。あの子を生んでなかったら、どんな人生を送ってたんだろって」。 自ら母親失格を認めた可奈子は涙ぐんだ。 徹朗は可奈子を責められなかった。 ゆらに見抜かたように自分も娘を愛してないのだから。 帰宅するとゆらがいた。 今日が最後のレッスンだった。 「じゃあ、私はこれで失礼します」。 徹朗は無意識でゆらにたずねていた。 「教えてくれないか。凛の父親として、俺はまず何をしたらいい」。 ゆらは驚きを隠して穏やかな口調でこたえた。 「ハーモニカを買ってください」。 数日後、近所の土手でハーモニカを吹く徹朗と凛の姿があった。 そんな父娘を傍らのゆらが優しく見ていた。 「#3 悲しき抱擁」 徹朗(草なぎ 剛)は小学校の音楽会が終わってから、凛(美山加恋)を美奈子(長山藍子)に預かってもらうことにした。 「ありがとうございます」。 徹朗の前ではニコリともしなかったが、うれしくてすぐにゆら(小雪)に知らせた。 「よかったね」。 内心ゆらは複雑だった。 すでに家庭教師はやめたし、徹朗からは口出ししないでほしいとクギを刺されている。 いつまでも関わりつづけるわけにいかない。 徹朗は可奈子が送ってきた離婚届にハンコを押して提出した。 「えっ!」。 さすがに宮林(東 幹久)は驚きを隠さなかった。 仲人をしてくれた上司の井上(小日向文世)にも報告した。 「お前に対する評価は離婚ぐらいじゃ変わらない」。 その一言で徹朗はひとまず胸をなでおろした。 だからマミ(山口紗弥加)から相談事をもちかけられて、こう返事した。 「来週以降ならゆっくり聞くよ」。 あと1週間すれば凛の世話から開放される。 徹朗はゆらから呼び出された。 「凛ちゃん、お母さんが今どこで何をしてるのか、知りたがってます」。 凛がひっきりなしに連絡しているらしい。 「わかりました。俺から凛に話しますから」。 その夜、徹朗は一緒に宅配ピザをほおばりながらきりだした。 「パリにいるんだ。そこで美術の勉強をしてる」。 一呼吸おくと、徹朗は真顔で凛を見つめた。 「もうお母さんは帰ってこないんだ。お父さんとお母さん、離婚したんだ。ごめんな」。 凛は無言でうなずいた。 2人は黙々とピザを食べつづけた。 徹朗は父親の義朗(大杉 漣)にも離婚を伝えるために実家をたずねた。やもめ暮らしの長い義朗は家事をうまくこなしていた。 「父さん、浮気してただろ」 「当たり前だろ。最近じゃ、女房から離婚をきりだされる情けない男もいるみたいだが」。 これではとても打ち明けられない。 徹朗は押し入れの中から、小学1年生のときに書いた作文を探しだした。 「あの頃、何考えてたのかなあと思って」 「暇だな、お前」。 義朗は呆れたように言った。 帰宅すると美奈子が来ていた。 義朗に離婚を言いそびれたと打ち明けると、美奈子は徹朗に頭を下げた。 「離婚はしかたないわ。でも母親が子供を手放すなんて、しちゃいけないことよ。可奈子の母親として私にも責任があるわ」。 しきりにわびる美奈子に徹朗は戸惑いを感じていた。 凛ちゃんを引き取ったら母親代わりになれるよう、一生懸命やります」。 その夜、徹朗は実家から持ち帰った作文を読んで、思わずつぶやいた。 「ホントに俺が書いたのかよ」。 翌朝、徹朗は凛のふくハーモニカの音で目覚めた。 「いよいよ音楽会だな。がんばれよ」 「はい、がんばります」。 たったそれだけのやりとりだったが、2人の間にはこれまでとは違った空気が生まれた。 いよいよ音楽会本番。 「この音楽会が凛さんとみんなの最後の思い出になるでしょう」。 担任の石田(浅野和之)に紹介されて凛は緊張した。 おかげで演奏を間違ってしまった。 凛はハーモニカを握ったまま涙ぐんでいた。 ゆらは勝亦(大森南朋)から2人きりの食事に誘われた。 「ゆらのことが好きなんだ」。 どおりで亜希(田村たがめ)がいてはまずいわけだ。 これまで勝亦のことは友達としてか見てこなかったから、ゆらは返事に窮した。 「とりあえず、食べていい?」。 真剣な勝亦におかまいなく、ゆらは目の前のオムライスにパクついた。 徹朗が帰宅すると、凛はしょんぼりとソファに座っていた。 「どうかしたのか?」。 急に泣きだした凛に徹朗はうろたえた。 しかし気づくとぎこちない手つきで凛を抱きしめていた。 実家から持ち帰った作文の中に、こんな一文があったことを思い出したからだ。 手は悲しんでいる人を抱きしめるためにあるのだと。 凛と同じ小学1年生のとき、徹朗はそんな気持ちをもった少年だったのだ。 徹朗の腕の中で凛はじっとしたまま動かなかった。 週末の朝、室内にはダンボール箱が積みあげられた。 「できた」 「ありがとうございます」。 凛の引っ越しの準備が終わった。 明日になれば美奈子が迎えにきてくれる。 2人一緒にすごすのは今日で最後。 「どこか行くか?」。 2人は動物園に出かけた。 「おばあちゃんチに行ったら、よく言うこときくんだぞ」 「はい」。 いつもと変わらず凛は従順だった。 「そろそろ帰るか」。 ところがベンチから立ち上がった2人は互いのお尻を見て驚いた。 ペンキ塗りたてだったのだ。 顔を見合わせた父と娘は同時に笑っていた。 それだけで心が温かくなった。 ”こんな気持ち初めてだ”。 徹朗は心の中でつぶやいた。 凛は握っていた風船のヒモをうっかり離してしまった。 風船はドンドン小さくなって、やがて見えなくなった。 ただそれだけで徹朗も凛も悲しくなった。 思わず徹朗は口にだした。 「このままお父さんと一緒に暮らさないか?」。 「はい」。 凛はしっかりと徹朗の顔を見返してうなずいた。 2人はしぜんに手をつないで歩きだした。 その夜、徹朗はゆらに電話をした。 「凛の家庭教師をお願いできませんか。ずっと一緒に暮らすことにしましたから」。 ゆらが一瞬、息をのむのが伝わってきた。 「わかりました。お受けします」。 ゆらのはずんだ声が返ってきた。 「#4 愛おしい娘」 凛(美山加恋)との生活を再スタートさせた矢先、徹朗(草なぎ 剛)はショックをうけた。 凛が持ちかえったテストは45点。父親風を吹かせて凛を怒ってしまった徹朗だが「誰かが勉強を一緒にみてあげないと」と担任の石田(浅野和之)に逆に注意されてしまう。 しかし、残業つづきの徹朗にはそんな余裕はない。 頼れるのはゆら(小雪)しかない。 「来てもらう回数、ふやしてもらえないかな?国語や算数もみてもらいたいんだ」「他の子も教えてるから・・・」。 それでもゆらは都合をつけてくれることになった。 徹朗は職場で離婚のショックを見せなかった。 営業成績はトップ。 「おまえ、俺より先に課長になるんじゃないの?」。 先輩の宮林(東 幹久)からやっかみ半分でからかわれても「何、言ってるんですか」と笑顔でうけながせた。 ゆらがマンションに帰ってくると、部屋の前で勝亦(大森南朋)が待っていた。 「ちょっと話せる?」。 友達関係の長かった勝亦が突然、ゆらに恋人になってほしいと告白したのは理由があった。 「俺の何倍も稼いでいたときはやっぱり気がひけたから」。 そういえば徹朗もゆらが外資系証券会社に勤めていたことを知って驚いた。 「今までと変わる気はしないっていうか。ちょっと考えてみる」。 ゆらは勝亦への返事をにごした。 「俺はおまえをそんなふうに育てた覚えはない」。 井上から仕事の甘さを叱責された徹朗は、むしゃくしゃした気分でオフィスに戻った。 残業していた部下の岸本(要 潤)が企画書をさしだした。 「読んでください」「その企画は却下されたはずだろ」。 徹朗が一言ではねつけると、岸本はふてくされて帰ってしまった。 徹朗が帰宅すると美奈子(長山藍子)が待っていてくれた。 「すいません。自分で凛を育てると言っておきながら、来ていただいて」「本当に大丈夫?」。 美奈子はそれ以上は言わなかったが、不安を感じているのは明らかだった。 徹朗は外回りの途中、義朗(大杉 漣)の会社に寄って昼食に誘った。 「どうする?」。 義朗の定年日が目前に迫っていた。 「いいよ別に」。 徹朗が岸本のことをボヤくと、義朗は「家に呼んで可奈子さんの手料理でも食わせりゃ、部下なんてなついてくる」とこともなげに言った。 離婚したことをまだ打ち明けてないのだ。 「おまえは黙って俺のいうとおりにすればいいんだ」。徹朗はムッとしたが、こらえた。 ゆらが勉強をみてくれる時間がふえたおかげで、凛は落ちつきをとり戻した。 徹朗に対しては相変わらず敬語だが、それなりに生活のペースにも慣れてきたようだ。 気がつくと2人して同じようなしぐさをしていることも。 「やっぱり似ちゃうんだね」。 ゆらに指摘されて、徹朗と凛は思わず顔を見あわせて笑った。 ゆらは亜希(田村たがめ)にふと本音をもらした。 「もしかしたら子供にハマったかも」。 凛がさかあがりの練習をしたいと徹朗に訴えた。 クラスでできないのは3人きりらしい。またしても注意しそうになる徹朗だが、今度は凛に優しく、出来ないこともあるよと慰め、「よし、今日から朝練だ」と2人して近くの公園で練習をはじめた。 「一生懸命ですね」。 様子を見にきたゆらに徹朗は気にかかっていたことをたずねた。 「どうして会社を辞めたの?」「一度立ち止まってみたかったんです。本当に大切なものを見つけるために」。 徹朗はかさねて聞いた。「見つかった?大切なもの」。 ゆらはさっぱりした表情でこたえた。 「まだです。でもいつかきっと見つかると思います」。 義朗が定年を迎えた。 徹朗が実家で待っていると、義朗は遅く帰ってきた。 「送別会?」「ああ」。 義朗はうなずいたが、実際はバーで時間をつぶしてきた。 義朗の定年をねぎらってくれる社員など1人もいなかった。 酔いがまわるにつれて、義朗は仕事の自慢話を繰り返した。 突然徹朗は打ち明けた。 「離婚したんだよ、俺」。 息子の真剣な口調に義朗の表情がこわばった。 「みっともない。女房に捨てられるなんて!」。 義朗の怒りはおさまらなかった。 「なぜ今日なんだ。これじゃあ、酔えないよ」。 ふて寝してしまった義朗の体に徹朗は毛布をかけるとつぶやいた。 「長い間、お疲れさまでした」。 振り返って、もう一言。 「おやじ、それでよかったの?」と。 「お父さん、見た?」。凛がついにさかあがりができた。 「すごいぞ、凛!」。 徹朗は凛をだきあげるとグルグルと回った。 「ちょっと泣いてるんですか?」。 ゆらが呆れたように言った。 そう、うれしさのあまり涙ぐんでいたのは凛ではなく、徹朗だった。 その夜、徹朗は穏やかな凛の寝顔を見ながら考えた。 父親がこれまでの人生で守ってきたものが何なのか、それはわからない。 しかしそんな自分にもわかっていることが一つだけある。 「それは凛がなによりも愛しいということ」。 「#5 娘のために」 徹朗(草なぎ 剛)はマミ(山口紗弥加)に誘われて居酒屋へ。 「相談って何?」「別にないです」。 3年前の一夜のことがあるだけに、徹朗は急に身がまえた。 「大丈夫ですよ。困らせようなんて思ってないですから」。 マミはいたずらっぽく笑ったが、徹朗は落ちつかなかった。 徹朗は凛(美山加恋)が上ばきで登校しようとするのに気づいた。 「はき替えるの、忘れたのか?」「違います。クツがなくなりました」。 徹朗は深刻には考えなかったが、その夜、凛は泣きながら打ち明けた。「体操袋もなくなっちゃいました」。 母親可奈子のお手製だけに凛の落ち込みようは大きかった。 「先生にちゃんと言うんだぞ。お父さん、なるべく早く帰ってくるから」。 徹朗は井上部長(小日向文世)から誘われた接待を断った。 井上は代わりに岸本(要 潤)に声をかけた。 これまでの徹朗なら心穏やかではいられなかったはずだが、いまは仕事よりも凛のことが気がかりだ。 凛はどうしても担任に伝えられなかった。 元気のない様子にゆら(小雪)はある予感がした。 「イジメられてるんじゃないでしょうか?」「まさか!」。 徹朗は信じられなかったが、ゆらに勧められて連絡帳に靴と体操袋を探してくれるよう書いてみた。 徹朗が残業していると、ゆらから連絡がはいった。 「ウチに来ているんです」。 下敷きまでなくなって、かなりショックを受けているという。 徹朗がゆらのマンションに迎えにいくと、凛はすでに寝てしまっていた。 「体操袋がなくなって、お母さんへの思いが一気にあふれたみたいです」。徹朗の前ではほとんど母親のことを口にしなかった凛だが、やはり会いたい気持ちを我慢していたのだ。 翌朝、凛が嘔吐した。 「大丈夫か?」。 徹朗は病院につれていってから出社するつもりでいたが、結局丸一日つぶれてしまった。 「学校にいくのが嫌みたいなんだ」。 ゆらは担任教師と話しあうことを勧めてくれた。 「怠慢な先生だったら、どうするんですか」。ためらっていた徹朗はゆらのその一言で決心した。 「犯人探しをするつもりはありませんから」。 担任の石田(浅野和之)は自信たっぷりに説明したが、徹朗は釈然としなかった。 そして凛の不登校のせいで、徹朗の仕事にも支障がでてきた。 得意先には遅れる。 夜の接待には出れない。 ついに井上が声を荒らげた。 「それじゃ仕事にならないだろ」「勝手言って本当にすみません」。 徹朗は頭を下げるしかなかった。 日曜日に美奈子(長山藍子)が来てくれた。 「凛ちゃん、上手ねえ」。料理を手伝う凛が笑顔になった。 ひさしぶりのなごやかな空気をチャイムの音が破った。 「離婚したって言ったきり、何の連絡もよこさないで」。 義朗(大杉 漣)だった。定年退職したというのに、あいかわらずのスーツにネクタイ姿。 「凛、公園で遊んでおいで」「はい」。 そして徹朗、美奈子、義朗の3人は向かいあった。 「どうして亭主と子供をおいて、好き勝手にパリなんかに行けるんだ」。 義朗はすべての責任は可奈子にあるものと決めつけた。美奈子は「夫婦のことは当人にしかわからないことも」と言いかけて途中で言葉をのみこんだ。 義朗の怒りのほこ先は徹朗にも向けられた。 「一家の恥だぞ」。 さらに凛の不登校についても「甘やかせてきたからだろう。どういう育て方をしてきたんだ」とはき捨てた。 徹朗は再び石田をたずねた。 しかし石田は「これ以上、私に何をしろと言うんですか」と聞く耳をもたない。 仕方なく徹朗が校長に経緯を打ち明けていると、あわててやって来た石田がとんでもないことを言いだした。 「盗まれたふりをしている可能性もあるでしょ。 おたくはいろいろと問題がおありだから」。 母親がいなくなった寂しさから、凛が嘘をついて徹朗の関心をひこうとしているというのだ。 徹朗は怒りがこみあげた。 「凛は嘘なんかつきません!本気でやってください。それまで毎日でも学校に来ますから」。 徹朗の気迫に石田はたじろいだ。校長は再調査を約束してくれたが、石田は2人きりになると徹朗につっかかってきた。 「校長と話すときは必ず私を通してください!」。 徹朗はつい笑ってしまった。生徒のことよりも、自分のメンツだけを気にする姿は、ついこの前までの自分とウリ二つだったからだ。 学校からの帰り道、凛の体操袋を見つけた。 拾った誰かが木の枝にひっかけてくれたらしい。 徹朗はきれいに洗濯すると、ゆらに勉強を教えてもらっていた凛の前にさしだした。 「あっ!」。 凛の表情がパッと輝いた。 「よかったね」。 そしてゆらと一緒に喜ぶ凛を見ていた徹朗は、ある決意をかためた──。 「よくやった」。 徹朗はいつの間にか、営業成績のトップに立っていた。 「俺が見込んで育てただけのことはある」。 井上は満足そうにうなずいた。 「お話があります」。 徹朗は真剣な表情できりだした。 「会社を辞めさせていただきたいんです」と。 「#6 娘との旅」 徹朗(草なぎ 剛)は来月いっぱいで退職したいと井上部長(小日向文世)に伝えた。 「家の近くの信用金庫でお世話になるつもりです」。 残業はないが、給料は半分になる。 「おまえがその程度のヤツだと見抜けなかった自分にムカつく」。 今度の社内人事で井上は常務への昇進がウワサされている。 子飼いの部下の突然の退職は影響をおよぼすかもしれない。 しかし井上の口から慰留の言葉はでなかった。 凛(美山加恋)の不登校は続いていた。 ある夜、担任の石田(浅野和之)が突然たずねてきた。 「先生が来てくださったぞ」。 しかし凛は逃げるように、勉強を教えてくれていたゆら(小雪)と自分の部屋にひきこもった。 石田はなくなった凛のクツと下敷きを差しだした。 凛を困らせたくて同級生の女の子が隠していたという。 「申し訳ありませんでした」。 そして石田は授業でつかったプリントの束を徹朗に手渡した。 「教師になりたての頃は、こんなにためなかったのに」。 それまで事務口調だった石田が、その瞬間だけは本音をのぞかせたように徹朗には感じられた。 これで明日から登校してくれるはず。 そんな徹朗の期待はあっさり裏切られた。 「行きたくないです」。 凛ははっきりと言った。石田に対する不信感は消えてなかった。 「本気かよ」。 宮林(東 幹久)はマンションにまで押しかけてくると、徹朗に退職の真意を問いつめた。 「なんでそんなにさっぱりしてるんだよ」。 宮林には徹朗の平静ぶりが信じられなかった。 かたや徹朗には他人のことなど関心ないと思ってきた宮林が、まるで自分のことのように興奮しているのが不思議に見えた。 義朗(大杉 漣)が足を骨折して入院した。 「かえってよかったかも」。 美奈子(長山藍子)が思わずそうもらしたのには理由があった。 義朗は趣味がなく、近所づきあいもない。 定年退職したのに、自由な時間をもてあましていたからだ。 入院していれば暇つぶしにはなる。 「遅くまでは無理ですから」。 宮林から声をかけられて、徹朗は気のりしないまま合コンに参加した。 退職を間近にひかえた徹朗に関心をしめす女の子はいなかったが、徹朗にはむしろ好都合だった。 「俺、急ぐんで」。 凛の待つ自宅へ急いだ。 その夜、子供部屋から泣き声がもれてきた。 「お母さん」。 寝ぼけた凛は泣きながら徹朗にしがみついた。 「大丈夫だから」。 いまの徹朗はしっかりと抱きしめることしかできない。 数日後、徹朗はゆらに銀行を辞めることを伝えた。 「驚いた?」「はい。でも間違ってないと思います」。 徹朗はその一言が聞きたかったのだ。「よかった」。徹朗はホッとしたように微笑んだ。 日曜日、徹朗は凛と遠出した。 凛の気分転換になればとゆらが勧めてくれたのだ。 一面の雪景色のなか、2人は大きな雪だるまを作った。 「学校、どうするんだ?お父さん、銀行辞めることにしたんだ。 今までとは違う生きかたをしたいんだ」。 凛は何も言わない。徹朗はきっぱりと言った。 「凛ともっと一緒にいたいんだ」。 2人は歓声をあげて雪合戦をした。 「ヤッター!」「やったなあ」。 徹朗は願った。凛は母親のいない寂しさをずっと抱えていく。 だからこそ父親には愛されていると感じてほしいと。 「学校、行くのか?」。 やっと凛がその気になってくれた。 しかし校門の前に石田がいるのに気づいた途端、凛は動けなくなってしまった。 「無理しなくていいぞ」。 ところが校名のプレートをじっと見ていた凛は”校”の文字を指でなぞった。 「お父さんが学校の中にいます」。 凛は校門をくぐると石田に「おはようございます」と元気よくあいさつした。 もう大丈夫だ。徹朗はたしかな思いで凛の背中を見送った。 井上から徹朗の退職が発表された。 「寂しくなります」。マミ(山口紗弥加)は悲しみと怒りのまじった表情になった。 「どこにヘッドハンティングされたんですか?」。 岸本(要 潤)は転職先を気にした。 徹朗が離婚を告白すると2人の驚きはさらに大きくなった。 とりわけ徹朗にひそかに好意をもっていたマミは何も言えなかった。 徹朗が残業をきりあげると、井上がまだ残っていた。 「今夜はやっぱり落ちつきませんか?」。 いよいよ明日人事が発表される。 「育ててもらったのに期待を裏切るようなことになって」「うぬぼれるな。俺が育てたのはおまえだけじゃない」。 去る者と残る者。2人の会話はぎこちないものだった。 徹朗は病院にむかった。 大部屋に入ろうとすると、義朗の声が聞こえた。 同室の患者相手に徹朗が銀行マンであることを自慢げにしゃべっていた。 とても退職を打ち明けられる雰囲気ではない。 徹朗は見舞うことなく、廊下を引き返した。 徹朗はやりきれない気持ちをゆらにぶつけた。 「親父みたいに肩書だけでしか生きられない人間にはなりたくない」。 その思いを本人にどう伝えればいいのか。 ゆらも安定したOL生活に区切りをつけるのにすごく悩んだという。 「どの道を選ぶよりも、選んだ道でどう生きるかが重要なんじゃないかって」。 ゆらのその一言で徹朗は救われた。と、その時、徹朗の携帯電話が鳴った。徹朗の顔色が青ざめた。 「大丈夫ですか?」。 心配げに見つめるゆらに、徹朗はぼう然とつぶやいた。 「井上部長が飛び降りた」と。 「#7 元妻の復讐」 井上部長(小日向文世)が飛び下り自殺を図った。 一命はとりとめたが、意識が戻らない。 遺書はなかったが、常務になれなかったことが原因なのは間違いない。 徹朗(草なぎ 剛)は自分を責めた。 昨夜義朗(大杉 漣)の面会時間を気にするあまり、いつもと違う井上の様子を見逃してしまった。 「親父のせいだからな。どうしてくれるんだよ!」。 徹朗はいき場のない怒りと悲しみを義朗にぶつけた。 ゆら(小雪)も心配してくれた。 そんな彼女がいれてくれた温かいココア。 「おいしい」。 徹朗の表情が少し和らいだ。 翌朝から徹朗は野菜や果物の特製ジュースを作りはじめた。 凛(美山加恋)がうれしそうに見ている。 「乾杯!」。 徹朗は誰かのためにしてあげることの喜びを感じた。 井上が意識を取り戻した。 「お会いすると言ってます」。 断られるのを覚悟していたが、付き添っていた井上の妻は病室に入れてくれた。 ベッドの上で井上はぼんやり窓の外を見ていた。 「ホントにいい天気だ」。 井上は別人のように穏やかな表情をしていた。 「すべてのことが遠い昔のことに思えるよ」。 井上には職場に戻るつもりはなかった。 「奥さんに怒られちゃったよ。息子と娘にも」。 井上はつかの間泣いたが、徹朗に向き直ったときには笑みを浮かべていた。 「新しい仕事も子供のこともうまくいくといいな。おまえならきっとうまくいく」「はい」。 会社人間だった井上はようやく家族との絆に気づいた。 徹朗は安心して病室をあとにした。 「井上部長、もう大丈夫です」。 ふと立ち寄ったスーパーでゆらに出会った。 「よかった」。 ゆらは結婚パーティーの帰りとあってドレスアップしていた。 ゆらと立ち話していると呼びかけられた。 美奈子(長山藍子)だった。 「失礼します」。 ゆらが立ち去ると、美奈子は徹朗の顔色をうかがうように言った。 「これからどなたかとおつきあいすることがあっても、凛ちゃんのことだけはちゃんと考えてあげてね」。 美奈子がゆらをどんなふうに見ているかが分かった。 「そういうことは全然考えてませんから」。 徹朗は即座にこたえた。 その夜、井上の容体が急変し、そのまま帰らぬ人となった。 同僚の宮林(東幹久)、マミ(山口紗弥加)、岸本(要 潤)らと葬儀に列席しても、徹朗には実感がなかった。 「出世できなくて死ぬなんて」「プライドが許さなかったんだろ」。 そんな無責任なやりとりが聞こえてきても、徹朗は言うべき言葉が見つからなかった。 義朗が退院することになり、徹朗は自宅まで送っていった。 「これからどうするの?」「そんなこと、おまえに心配してもらわなくていいよ」。 義朗は話題を井上のことにすり替えた。 「残念だが、サラリーマンとしては悔いのない人生だったんじゃないか」。 人の死をそんなふうにしか考えられないとは。 徹朗はいら立ちを越えて呆れかえった。 「じゃあ、俺、行くから」。 井上の後任に新しい部長がやってきた。 「今月は東日本、トップを目指すからな」。 徹朗にはもうどうでもよかった。 しかし同僚には井上のことを忘れてほしくなかった。 だから新部長の歓迎会でこっそり井上の好きだったカラオケ曲をまぎれこませた。 たしかに周囲は井上を負けた人間とみなすだろう。 けれど徹朗は彼が安らかに眠りについたと信じていた。 なぜなら最後の最後になって、かけがえのない家族の存在に気づいたのだから。 「お世話になりました」。 徹朗にも職場を去る日がきた。 居酒屋での送別会にきてくれたのはマミだけ。 徹朗の携帯電話が鳴った。 義朗からだった。 知りあいの融資話を聞いてもらいたいという。 「俺、きょう銀行を辞めたんだよ」。 義朗は激怒した。 「どうして俺に断りもなしに辞めたりするんだ。誰がおまえを立派に育てたと思ってる。なんとか言ったらどうなんだ!」。 なにも言う気になれない徹朗は電話をきった。 徹朗は珍しく酔いつぶれた。 そこへ亜希(田村たがめ)と映画を見てきたゆらが出くわした。 「私、知り合いのものです」。 いっこうに起きる気配がない。 「せっかくのデートなのに」。 マミに任せておけばいい。 「じゃあ、失礼します」。 ゆらは気になりつつも店を出た。 結局マミが徹朗を自宅まで送り届けた。 「お父さん、寝てるんですか?」。 初めて目にする父親の姿に凛は驚いたようだ。 「お酒をちょっと飲みすぎちゃったの」。 マミは徹朗をベッドに寝かすと帰っていった。 同じころ、ゆらはベッドの上で眠れない一夜をむかえていた。自分でもなにが原因なのか、分からなかった。 「一緒にベッドまで運んでくれたのか。ゴメンな」。 翌朝Yシャツ姿で目覚めた徹朗が凛とジュースを作っていると、新しい職場となる信用金庫から電話がかかってきた。 「では、うかがいますから」。 呼び出された徹朗に人事担当者は心苦しそうにきりだした。 「申しわけありません。残業なしの条件を受け入れることができなくなりました」。 徹朗を配属する予定だった新規部署が延期になったので、法人営業部に部長として迎えたいという。 「その場合、定時退社というわけにはいきません」。 徹朗は一瞬迷ったが、凛のためにゆずれなかった。 「では残念ですが、ご縁がなかったということで」 ──。 凛が学校から帰ってくると電話が鳴った。 「お母さん!」。 久しぶりに聞く可奈子(りょう)の声に凛は受話器をかたく握りしめた。 「ごめんね、連絡しなくて。お母さん、凛と一緒に暮らしたいの」 「ウチに帰ってくるの?」。凛の声が期待にはずんだ。 しかし可奈子はきっぱりと言った。「そのウチには帰らない。お母さん、凛を迎えに行く」と。 「#8 凛を返せ!」 信用金庫への再就職話は流れてしまった。徹朗(草なぎ 剛)はハローワークに通うが、残業なしという条件にあう仕事はなかなか見つからない。「まいったよ」。徹朗が沈んだ声をもらすと、ゆら(小雪)はさりげなくつぶやいた。「いいですよ。パニックの時、かけてください。電話」。 「私、好きな人がいる」。ゆらはその気持ちを勝亦(大森南朋)に打ち明けた。「俺、まだおりる気ないから」。それが勝亦の返事だった。 下校中の凛(美山加恋)を可奈子(りょう)が待っていた。「凛」「お母さん」。胸に飛びこんできた凛を可奈子はしっかり抱きしめた。「ちゃんとごはん、食べてる?」。凛が徹朗の買ってくる弁当や出前ですませていると話すと、可奈子の表情はくもった。「できるだけ早く、一緒に暮らせるようにするからね」。可奈子は凛がのぞかせた戸惑いの顔を見のがした。 スーパーで買い物をしていたゆらは、ふいに声をかけられた。マミ(山口紗弥加)だった。「徹朗さんのお知り合いのかたですよね」。あの居酒屋以来だ。マミがこれから徹朗のマンションを訪れると知って、ゆらは動揺した。マミが徹朗に思いを寄せていることを感じとったからだ。帰宅してからも、ゆらの心は鎮まらなかった。 じつはマミは宮林(東 幹久)、岸本(要 潤)と一緒だった。「どお?新しい部長は」。岸本は合わないらしいが、うまくハマった宮林は課長に昇進した。「おまえは信用金庫にいったら、いきなり部長になれるんじゃないの?」「まさか」。徹朗は再就職の話がなくなったとは言いだせなかった。酔いつぶれた宮林を残して、マミと岸本は先にマンションを出た。「凛ちゃんには勝てないわね」。帰りの夜道、マミはさびしそうにつぶやいた。 「お父さん、元気がないんだ」。凛は子供心ながら徹朗の変化に気づいていた。「今度一緒に遊園地、行く?」。ゆらは気分転換にと誘った。「3人がいい。凛とお父さんとお母さんで」。ゆらは心のどこかで自分の名前が出るものと思っていたからショックを受けた。「お母さんに会ったの?」。凛はうなずいた。「迎えにくるって」。ゆらはさらに大きなショックに打ちのめされた。 その頃、可奈子から連絡を受けた徹朗は、彼女が宿泊しているホテルの一室を訪れていた。「パリから帰ってたんだ」。可奈子は美術品の鑑定や買いつけをするキュレーターとして、順調なスタートをきっていた。「だからこれからは私が凛と暮らす」「ちょっと待てよ」。可奈子は家を出ていくときに、凛を愛していないとはっきり口にした。「落ちついたら迎えにくるつもりだったわよ」「凛は渡せない。勝手に会うのもやめてくれ」。2人とも一歩も引き下がらなかった。 徹朗が帰宅すると、凛はゆらに勉強をみてもらっていた。「どうしてお母さんに会ってたことを話さなかったんだ」「3人一緒がいい」。そう言うなり凛は子供部屋に閉じこもった。初めて目の当たりにする反抗的な態度に徹朗はうろたえた。「凛は母親のほうがいいのかな」。弱気になる徹朗に、ゆらはまず離婚と仕事のことをきちんと説明すべきだと勧めた。「凛ちゃんはお父さんとお母さん、どっちかを選ぶことなんて、できないんだと思います」。 徹朗はまず職探しのことを凛に話した。「お父さん、元気だすし、仕事が見つかったら料理もつくるから」。凛は返事こそしなかったが、理解してくれたようだ。「お父さんとお母さんは夫婦じゃなくなったんだ。もう仲良くできないんだ。だから3人一緒に住むことはできない」。凛はグッとこぶしを握りしめたまま、顔を上げようとしなかった。翌朝になっても凛は口をきこうとしない。「気をつけていくんだぞ」。やはり凛は黙ったまま学校へむかった。 可奈子の部屋に美奈子(長山藍子)がやってきた。「自分が何をしたか、わかってるの!」。いきなり美奈子は可奈子の頬を打ちすえた。「ごめんなさい。でも今は私、凛と暮らしたい」。可奈子は泣きながら訴えた。「たとえわずかな間でも、凛と離れちゃいけなかったのよ。今ごろ、気づくなんて母親失格ってわかってる」。もう美奈子はわが娘を責めることはできなかった。「ウチに帰っていらっしゃい」。 徹朗は凛の担任の石田(浅野和之)から呼びだされた。「本当に凛がそんなことを!」。友達からバッグを取り上げたという。母親の手作りバッグだった。「今日は叱らずにそっとしておいてあげてください」。凛は教室に1人残っていた。「帰ろう」。夕暮れ迫る帰り道、「昨日の話、わかってくれたのか?」。凛は悲しみをこらえてうなずいた。「ごめんな、凛」。徹朗はそれだけ言うのがやっとだった。 その夜、徹朗はゆらのマンションを訪ねた。「俺、変わったかな」「はい」。たしかに徹朗は変わった。変わったからこそ、ゆらは心ひかれるようになったのだ。だから徹朗の一言はショックだった。「今の俺なら、可奈子とやり直せるんじゃないかって。どう思う?」。ゆらは絶句した。 「私に聞くかないでください」。しかし沈黙を耐えきれず、ゆらは言葉を選ぶように語りだした。「やり直せるなら、それが一番いいと思います」。かつての徹朗は仕事や自分のメンツが一番大切だった。ところが離婚を経験して凛と心を通い合わせるようになった。「今は何よりも凛ちゃんを大切にしています。だから─」。徹朗はこみあげてくるものをこらえて言った。「俺が変われたのは凛のおかげ。それから北島さんのおかげ」。徹朗とゆらは微笑みあった。 徹朗は可奈子に素直な気持ちをぶつけた。「もう一度、一緒に暮らさないか?」「!」。思いもかけない申し出に可奈子は息をのんだ。徹朗はもう一度くり返した。「やり直そう。俺と可奈子と凛の3人で」。 |