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カテゴリ:Essay
初七日を終えた深夜。 ものすごいドラマだった、と次女をきつく抱きしめていた。 もしかしたら、心残りに思った亡き元夫が、そうしてくれたのかもしれない。 偶然、父親の最期を看取った次女は、それなりの重責に悩んでいた。 「もっと早く急変に気づいてあげていたら、父さんの命はまだ続いたかもしれない。母さんや姉ちゃんももう一度父さんと言葉を交わせたかもしれない」と、涙ながらに訴えた。 人が死ぬという行為を、あからさまに次女はわたし達に伝えてくれたのだ。 もし、わたしがそこに遭遇していても、やはり同じ気持ちだったに違いない。 最期の最後まで、彼は生きるという行為を捨てなかったらしい。 何度もベッドに起き上がり、死神に連れて行かれそうになるのを拒んだのだそうだ。 「くそ!くそ!死んでたまるか」 彼は、そう言っては、一点を見つめていたという。 急変してから他界するまで、40分足らずの出来事だったのだ。 何度もその最期のシーンが夢に出る、と次女は青ざめていた。 いつになく言葉に棘を含み、長女やわたしに毒を吐くのだった。 些細な言葉尻を捕まえては、執拗につっかかってきた。 何度たしなめても、聞く耳を持たなかった。 そんな次女を、もう知るものか、と半ば諦めかけていた。 眠れないと言い、夜半まで酒を放さない次女に、わたしは何か恐ろしいものを感じた。 彼女はまるで、針ネズミのようだった。 誰をも寄せ付けない鋭さを纏い、目が据わっていた。 何を言っても心に届かない頑なさを持ち、斜に構えていた。 「もう勝手にすれば?知らないから」 あまりにふてぶてしい態度に、先にわたしが切れてしまった。 「分かったよ。勝手にするよ」 彼女は、一時凌ぎに借りたホテル代わりのウイークリーマンションを飛び出した。 住んだことのない地方都市の、しかも深夜の雨がそぼる中へと。 わたしはじりじりと待った。 勝手にすれば良い、と思う反面、胃の辺りに異様な痛みが走り始めていた。 きりきりとした痛みが止まらない。 それなのに、冷凍庫に放り込んだズブロッカをストレートで口に含んだりした。 意識が酔いで遠のき始めた頃、次女は戻ってきた。 「ごめんなさい。あたしが悪かった。とってもイライラしていてむかつくんだもの。大学も卒業できるかどうか不安だし、就職も決まらない。将来があるのだろうかと考えていたら、何もかもが厭になって来たの」 わたしに抱きついてきて、感極まって泣き出した。 思い切り抱きしめて、頭を撫でてやった。 「大学は大丈夫。一年延びてもあなたにその気さえあれば、お金はなんとかするから。就職も絶対に妥協しなくて良いし、自分がやりたい方向へ進めばいいわよ」 わたしは、ようやく次女の苦悩に触れられた気がした。 バイトと学業に就職活動、その上に夏休みに入ってからの父親の看病だった。 神経をすり減らしていたに違いないのだ。 何かひとつでも外してやらなくては、がんじがらめで辛かったに違いないのだ。 同時に頭の中では、苦しい家計を思い描いていた。 それでも、なんとかなるさ。 わたしは何より、次女がわたしの胸の中に戻ってきてくれたことが、嬉しかった。 思い切り抱きしめて、何度もつぶやいた。 「もう大丈夫だから」と……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年08月23日 04時57分30秒
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