壺 (下)
そんな壷の事等すっかり忘れた頃若者は失恋した、5年も付き合ってソロソロ結婚でもと思っていた矢先女は条件の良い男性を見つけサッサと結婚してしまったのだ、心の中に穴が空き如何しようも無い悲しみが若者を襲う、若者は男泣きに泣いたが悲しみは癒えない。 ふと壷が頭の中をかすめる「気休めでも良い試してみよう。」机の引き出しに仕舞っておいた壷を取り出し涙を入れると、不思議な事に女など如何でも良くなった其れよりあんな女と5年も付き合っていた自分を褒めてやりたくなる気持ちになってきたのだ「俺は何で泣いていたのだろう女なんか幾らでも居るのに、あんな女一人で我慢していたなんて。」男の頭の中は既に次の女性を検索し始めている自分に驚いた。 「本物だったんだ。」壷をマジマジ眺め「此の壷さえあれば俺の人生辛い事が無くなる。」男はあらゆる辛さや悲しみ苦しさを乗り越え順調に出世し社長の娘と結婚した,ポーカーフェースであらゆる苦しみや辛さ、悲しみを乗り越えているうちに社長の目に留まり高く評価され、娘と結婚する事になった、何事にも屈しない男は家庭でも頼れる夫、父として平和に暮らしていた。 処が或る日妻が夫の書斎を掃除している時珍しい壷を発見した所から男の人生は狂い始める「珍しい形をした壷ね、何に使うのかしら。」覗き込んでも中は見えない、振ってみると微かに水の音「水だって長い間置いておくと腐るのよ。」鼻を近づけると少し匂う、窓を開け水を捨てていると手が滑って落としてしまった「あら、割れてしまったわ、でも見た所高価な物じゃなさそうだしもっと良い物を買って置いておけば良いわ、丁度今日はパパと食事の約束をしているから其の時にでも買いましょう。」鼻歌を口ずさみながら掃除を終えると出掛ける支度を始めた。 其の頃男の身体に変調が、何とも言えない遣り切れない悲しみや辛さが襲ってきていた、仕事どころではない直ぐにも家に帰って壷に涙を入れなくては辛くて生きているのも嫌になる然し今日は社長と妻の3人で昼食を摂る約束をしている、後30分しかない家に帰りたいのだ死んでしまいたい衝動を抑えられない「急に如何したんだろう。」不快な気持ちのまま待ち合わせのホテルに行くと妻は既に来ていた。 顔色の悪い夫に気分が悪いのか尋ねるのと同時に壺の話をした、妻は明るく「食事の後でもっと良い壺を買ってくるから許してね。」其れで総ての謎が解けた、何時もは鍵を付けた引き出しに入れて置くのだが今日は仕舞い忘れたのを思い出したのだ、場所も弁えず大きな声で「何て事をしてくれたんだ。」丁度入って来た社長を突き飛ばし車の途切れない車道に飛び込んだ、妻も社長も何が起こったのかサッパリ解らず表に出「何か悩んでいたのかね。」「いいえ何も、今あの人の壺を割ってしまったのでもっと良い物を買って帰りますねって話した途端走り出して…」「う~ん彼も病んでいたのかな。」警察や救急車が到着したが、まるで野次馬のように遠巻きに眺めているだけだった。