「寒い」とか「凍えそうだ」とか、
我が家では、
真逆の発音をすることになっていますが・・・
ここは群馬県館林です。
でも、
昨夜帰宅予定だったのに、
高崎の実家に2泊・・・
夕べは大きな雷の光や音も鳴り、大量の雨も降り、
枯れそうに焼けて葉の色を変えていた木たちが、
喜んでいるようでした。
実家では、
父の残した短歌の整理をしました。
元々の意識も高かったのでしょうが、
ガリ版引きの時代に生きた父は、
揃った美しい字を書いていました。
私にはとても真似る事はできないなと思っていました。
母の良く言っていた
「私の字はミミズののたくったような字」
の感覚も、私には入っていました。
今回父の残した老後最晩年の文字を読んでいる内に、
父は何故これだけ大量の物を残したのかと、
とても疑問に感じました。
同じ句を何度も書いているのです。
私でも覚えられるほど。
筆で、まるでリハビリのように。
何のリハビリでしょう?
だんだん下手になって行く文字、文字、文字。
それとも、自分で書いていたことを忘れるほど、
かなりの認知症?
父の死ぬ前、最後の方は、
揺れているのをはぐらかすように笑っていました。
「老人から免許を剥奪するなど、かえって危ない。
座っていれば揺れないのにな。」
自転車で転んだこともあり、
擦り剥き傷を見て、
「昔はこんなにベロンと剥げなかった。」
スーパーマーケットでは、
いつもカートを押して、
この方が楽だと言っていた。
今、自分と重ねて思う。
父は、本当は疲れると目眩がしていたのではないか?
それもかなりの目眩で、
それを誰かに言ったら、一人では置いてもらえないほど。
父の残して言った言葉たちを整理していると、
そう思う。
疲れて来たであろう、いい加減な文字を見ていると、
字質が私に似ている。
まるで自分の文字を見ているようだ。
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最終更新日
2012年07月29日 14時11分44秒
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