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ぼちぼち@ Re:短詩を書くということ(10/09) mskさん、お久しぶりです。 トワイライト…
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俳諧修行@ Re:短詩を書くということ(10/09) 秀/ぬるきものふいに目尻に溜まりたる虹と…

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2021.10.09
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カテゴリ:日替わり日記
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以前にも書いたが、近くの町に三浦久というシンガーソングライターがいる。大学等の講師をする側ら、シンガーとして歌い音楽の評論家としての活動をしている。
ぼくの短歌歴は、川柳や詩、エッセーなどくらべると短いが、“短詩の世界”は、どれも書くべき方向や目的に大きな違いはないと考えている。
文芸は、身内だけで慰撫し合うものではなく、ジャンルを超えて伝え、感じあうことが大切ではないかと、ぼくは考えている。
異論のあることを承知でいえば、言の葉文芸は、具象であれ抽象であれ、何らかのメッセージ性が抱合される。明確な意味のあるなしにかかわらず、作者は読む側の心に届く一行を書くことで使命が果たせた、と考える。
“読み手の心に届ける心を打つこと”を目指したら、単なる挨拶文であったり、ありきたりの景色、繰り返し詠みつくされた内容は避けるべき努力が必要ではなかろうか。
自己満足・自己陶酔の作品を押しつけるのは、読む側には迷惑な話だ。自分のノート(だけ)に書いておいて欲しい。
あえていえば、人には百人百様の過ぎ来し人生があり、受けとめ方の違いもある。だからすべての読者に等しく届けることなど不可能だ。
たった一人の読み手であっても、目的の人に深く届けばよい。かの時代、相聞歌などは、たとえつたない内容であっても、一人の愛する人の心に届けば、十全に役割を果たしたと思えたのではないだろうか。
と、つらつらいいわけを述べたあと、自分の書いたものを連ねるのは気恥ずかしいのだが…。
 
 
 崩しゆくそのためだけに一心に幼児かさぬる積木の搭よ
 
 夏の午後繭のごとくに眠りいし孫の寝顔に吾もつらるる
 
 昼茣蓙の凹凸顔に残すまま西瓜を囓る寝起きの児らよ
 
 向き合へば西陽を受けし石仏は向こうの世から見つめておりぬ
 
 石仏を語らう瞳ひかり帯ぶかういふ老いもあらむ あるべし
 
 たまゆらに出逢ひしことも向日葵の咲きたることも夏のきまぐれ
 
 月光のきららを添へて愛告げるおのれの夢にひと日たゆたふ
 
 夕暮れのキッチン淡くひかり帯び深海魚かと見紛う女の
 
 人はみな二本の腕をもちてより抱きあふことで意思の伝へぬ
 
 ぬるきものふいに目尻に溜まりたる虹と出逢ひしそれだけなのに
 



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Last updated  2021.10.10 00:00:52
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