|
カテゴリ:生物
地球上で最初に誕生した動物が何だったかについては、長年にわたり専門家の間で議論が続けられている。これまで一般的だったのは、あらゆる動物に共通の祖先は海綿動物であるとする見方だ。海綿動物は海の生き物で、見た目はサンゴに似ている。 ところが、最新の遺伝子研究の成果がこの状況に一石を投じることになった。この研究では、有櫛(ゆうしつ)動物こそ、6億年以上前に誕生したと見られる地球上で最初の動物だという可能性を示唆している。有櫛動物は、クシクラゲとも呼ばれるゼラチン状の海の生き物だ。 最初の動物の特定がなぜ重要かというと、動物の進化とはどういうものかを考えるうえで大きな影響を持つからだと、研究の共著者であるアンディ・バクセバニス(Andy Baxevanis)氏は言う。バクセバニス氏は米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の遺伝学者だ。 海綿動物は単純な構造で、筋肉も神経系も持たないが、有櫛動物にはその両方が備わっているとバクセバニス氏は言う。「進化生物学の世界で長らく信じられてきたのは、筋肉や目の組織となるような複雑なタイプの細胞は、(進化の過程で)登場したらその後失われることはないという考え方だ」。というのも、筋肉や神経系があれば生存にとって有利なはずだからだ。 もし有櫛動物が、より構造の単純な海綿動物よりも先に誕生したのなら、この通説は覆されることになる。動物は複雑な組織を作る遺伝子を備えて誕生したが、一部のグループは進化の過程でそれを失った、ということになるのだ。 ◆きっかけは全ゲノム解析 バクセバニス氏のチームがこの結論に至ったきっかけは、有櫛動物の一種(学名:Mnemiopsis leidyi)について、初めて全ゲノム配列を解析したことだ。 最初の動物であった可能性が指摘されている動物のグループは4つある。海綿動物門、有櫛動物門、刺胞(しほう)動物門のうちクラゲの仲間、平板動物門の4つだ。このうち、有櫛動物の仲間のみ、これまで全ゲノム配列の解析が行われていなかった。 全ゲノム配列の解析は、生物のグループ同士の関係を比較するうえで重要である。そのためバクセバニス氏のチームが今回のプロジェクトを立ち上げた当初の主な目的は、有櫛動物のゲノム配列を解析してデータの不足を埋めることだった。 だが、こうして得られた全ゲノム配列のデータをコンピューター・プログラムにかけて、進化における生物グループ同士の関係を検討したところ、驚きの結果が出た。 プログラムでは有櫛動物と他のあらゆる動物との関係について、考えられる複数のシナリオが提示されたが、特に可能性が高いとされるいくつかのシナリオは、動物の進化の系統樹の起点に有櫛動物を置いていた。 ◆論争の火種 今回の研究は、専門家の間にかなりの衝撃をもたらした。 あらゆる動物の共通の祖先が有櫛動物である可能性を最初に指摘した論文は2008年に発表されている、とマサチューセッツ工科大学(MIT)の進化発生学者マンシ・スリバスタバ(Mansi Srivastava)氏は言う。「専門家にとってかなりショッキングなもので、その結果を信じない人は大勢いた」。スリバスタバ氏はこの2008年の研究と今回のバクセバニス氏の研究のどちらにも参加していない。 進化における生物グループ同士の関係をコンピューター・プログラムで特定する場合、有櫛動物のゲノムのように、進化のスピードの速いものが含まれていると、正しい結果が得られないことがあるとスリバスタバ氏は説明する。「2008年の論文はこのエラーに基づくものであり、さらなる分析が必要だと考える研究者もいた」。 そこへ登場したのが今回のバクセバニス氏らの論文である。有櫛動物の全ゲノム配列の解析によってさらなるデータが得られ、「最初の動物は何か」の論争を再燃させることとなった。 しかしスリバスタバ氏をはじめとする多くの専門家はなお、有櫛動物があらゆる動物に共通の祖先であるという主張には懐疑的である。 ◆「私たちはトラブルメーカー」 問題の1つはタイミングに関することだと、フランス国立科学研究センターのエルベ・フィリップ(Herve Philippe)氏は言う。フィリップ氏は今回の研究には参加していない。 6億年もの間には、ゲノムにはさまざまな変異が起こりうる。動物の誕生につながった初期の段階の変異と、それ以降の変異を区別するのは容易ではない。 バクセバニス氏のチームが分析に用いた手法のうちいくつかは、現存する動物のグループの関係を解明できるものではないとフィリップ氏は言う。「最近の出来事も分からないのに、太古の出来事が分かるとは思えない」。 バクセバニス氏らも、研究で導きだされた進化の系統樹は複数あり、さらなる議論が必要だと認めている。今回の研究でもなお、海綿動物を進化の起点に置くシナリオは可能性を残している。 バクセバニス氏は、これから起こるであろう論争が楽しみな様子だ。 「私たちはここではトラブルメーカーだ」と言うバクセバニス氏も、このプロジェクトを立ち上げた段階では、こんな結論が得られるとは予想だにしていなかった。「科学が私たちをどこへ導いていくかは、始めたときには分からない。これはその良い例だ」とバクセバニス氏は言う。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[生物] カテゴリの最新記事
|
|