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テーマ:世界の中の日本(532)
カテゴリ:雑文
![]() 最近いろいろあって内省することが多いんだけど、その中で、「普通」ってなんなの、と中学生みたいなことに思いを馳せてました。 アメリカ、ドイツと住んで日本に帰国してきた9歳ごろからかなー なんか自分はどう頑張ってみても「普通」になれないことに気付いた。 ロシア語同時通訳者・米原万里さんの本に最近はまってるんですが、彼女はチェコから帰国してきたとき、日本の「みんな一緒に普通じゃないと可哀相」という画一的=平等という考え方に対して疑問を持っているんですね。高度経済成長の時代だったので、鴻上尚史『「空気」と「世間」』(講談社現代新書)にあるような「世間」が今よりものすごく強かった頃です。 彼女が「なんで全員に普通を押し付けるの」と反発し、押さえつけられる経緯には山田詠美さんの自伝的小説を読むときと同じようなキャラの強さを感じますが、日本に帰国してからずっと「普通」を目指していた私には、彼女たちの戦い方は別世界のことのように感じられました。 ![]() 「空気」と「世間」 私が帰国したのはバブル崩壊から少し経った、不景気になり始めの93年。 転入した地元の公立小学校は、保守的な地元の風潮を反映してか、ドイツの日本人学校に比べてとても窮屈でした。転入初日に受けた 「そのアクセサリーは全てはずせ」 「髪の毛、それってパーマ?切っていい?」 (※私の天然パーマは縦ロール形状だった) 「長い髪は縛りなさい。輪ゴムあげるわ」 など先生からの指導と、ほかの生徒からの 「いけないんだ、そういうキラキラしたヘアバンドはダメなんだよ」 「派手なのっていけないんだよ。清楚にして男子を立ててあげなきゃ」 (※この子はぶりっ子として女子に嫌われていた) 「(ドイツを聞き間違えた悪ガキが)おまえインド人なんだって?」 という台詞に深いカルチャーショックを受けました。 ドイツの時は授業をちゃんと受けていれば服装は自由、ピアスを開けている子も多かったのに、無理矢理に事務用品の輪ゴムで髪を縛られて、解くときすっごく痛いわ犯罪者のように言い立てられるわ、その頃の私の日記は「ドイツに帰りたい」一色でした。むこうの友人たちにも「帰りたい。みんなにいつも監視されてるみたいで気持ち悪い」と手紙を送った記憶。 ここまでの私の経験・ショックは米原万里さんと似たようなものです。 にも関わらず、その頃は「個性」礼賛真っ盛り。 学校のアンケートでも「将来どんな仕事に就きたいか」というものがあると「個性を活かした仕事」「お金を儲けられる仕事」「名誉や肩書きのある偉い仕事」という順で結果が出ました。教師の言い方とか世論とか風潮とかから、「個性を活かした仕事につきたい」という答えを求められてるってことを、子供は敏感に感じとっています。なのにクラスの文集に書く「将来の夢」とかでは、特に希望のない女子は「およめさん」と書いておけ、なんで嫌なんだと先生に問い詰められて欺瞞を強く感じたり。 (それが嫌だから女子は「ケーキやさん」とか無難な答えを用意しておかなきゃならない面倒さもあった) 私は幼くて、しかも単に米原さんのような強さがなかっただけかとも思うけど、日本で求められる「個性」って、まず「普通」という部分をクリアした上での「個性」であって、まず「普通」になれないと私はこの国で生きていけないんだろうなと思い知ったというか。ほんとは「普通」が一番強いってこと、それに従える人間であれば生きやすいだろうっていう考えが、その根底にあったんだと思います。 いま「ネトウヨ」「ネット右翼」って呼ばれてる人って私の同世代もけっこう含んでいて、というか私もネットがない中学時代にネトウヨとほぼ同じことを考えていたので(ドイツで戦争犯罪や民主主義について基礎を学んでたのにアホすぎますが)ちょっと解るんだけど、彼らの発言の特徴に「自分を安全な場所に置いての憂さ晴らしとしての差別」がよく挙げられるけれど、本質はそこではなく、「普通」になりたい、これを言えば自分は「普通の」日本人に仲間入りできるって信じてるところが基準じゃないかと私は考えてます。 前述の『「空気」と「世間」』で「ネット右翼と呼ばれる人々は、世間原理主義者である」「自分を守ってくれる、強大な世間に夢を見ている」という文章を発見したとき、昔の自分を思い出して納得してしました。 帰国子女であることで苦労したタイプの人(「帰国子女」がブランド扱いになる前、異物として扱われる小学校ぐらいで帰国した人に多い)の一部にも、ネットでは大声で語られるけれど良識があれば日常的に口にしないような差別発言を公に言うタイプがいます。 知人の帰国子女(二十歳くらいの男子学生)も、外国人もいるホームパーティーで参加者の誰かが「自分は某海外アイドルが好きだから、その国の言葉を覚えて●●人の子とお友達になったり付き合ったりしてみたい」 と言い出したとき 「○国の女はみんな整形してるから俺は嫌だ」 とわめき出し、 「まあ、整形なんて日本でも流行ってるし…つーか日本以外はどこも流行ってるし」 と誰かがいなしても 「子供できてから●●人みたくエラはってたらキモいじゃないっすか!あと背高い女って生意気そうでダメですよね」 と子供みたいな発言で文字通り彼自身が日本の恥にと化していました。 どうも後々聞いたところ、彼は皆の同意を求めてそんな発言をしていたらしく。海外にいたとき、ネットでそれが日本の「普通」なんだろうと「勉強」してたといいました。ちなみにその場は、フランス人女性が静かにキレて「第一子は父親に似るんだから、まず父親(自分)の心配したら?」と、彼の低身長コンプレックスや頑張ってるけどモテなそうな格好や清潔感のなさ丸出しの容貌を指摘してカウンターにすることで収まりました。 (今も思うけど、彼は「白人美女に言われたから」黙ったようにも見えますが) 私の場合、もう自分は普通になれないと開き直った辺りで好き勝手やれるようになりました。 一人でシベリアに行ってみたり、いきなり一人で熊野古道を泊りがけで歩きに行ったり、うっかり山で遭難しかけたり。「それをするとモテない」という、男ウケ=日本における老若男女ウケ=処世術を背景にした言葉から自由になれたのは、それでもいいと言ってくれた大事な友人たちに会えたことが大きかったようにも思います。職場がいかにもなザ・日本の大企業なのでまだまだ「普通」に対するコンプレックスや憧れはありますが、「俺は自分が普通なことを確認したくて周りに変人を置いてる感じ。(私)さんもその一人だね」とぬけぬけと言ってきた人の発言にムカつかず普通に友達になれた辺り、私も大人になった…と思いたいところです。 アトリエ講師時代の教え子にも、昔の私みたいになっちゃってる子が多い。 頭で考えるのは自由だけど、それを言動に少しでも出したり、何かを褒めてるつもりで何かを貶すようなことはせず、現実の自分の信頼とか評価を失くすようなことにもせず「普通に」自由になって欲しいなあ、と思います。 今問題なのは、実家のニートで引きこもりな弟がガチでネトウヨになっちゃって実家家族が迷惑しているんですが、思春期に弟から受けた痴漢レベルの諸言動を思うと「もうお前そのまま信用失ってろ」などと考えてしまう私の心の狭さでしょうか。まあ正直「野垂れ死ね」以上の感想がないので、弟には自力でなんとかなって欲しい。私はかかわりたくないし。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.07.05 03:46:15
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