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こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

「巡視員というお仕事」

【1】
国土交通省運河出張所で巡視員をしていた。
江戸川の一部と運河を見回るというものだった。
制服は国交省の職員とほぼ同じものだったが、身分は民間会社の社員だった。
パジェロの助手席に乗って、河川に異常がないか見て回るというたいくつな仕事だった。
川と堤防の緑を眺めながら過ごす時間でもあり気持ちよかった。
1か所、大量のエロ本が捨てられていることがあり、それを焼却処理するのも、前例にならった仕事だった。
エロ本は、個人が持っていたものらしい。見飽きたから捨てたのだろう。それを燃えやすいように棒で広げながら焼いた。これが仕事かよといやになった。夜も熟睡できないほどいやだった。
捨てた本人が見ていたら、あそこへ捨てれば建設省で処分してくれると思ってないか。

【2】
大量のエロ本が捨てられていた場所は、ある日から突然捨てられていなくなった。
運河の端には、大きな樋門があり、テレビカメラが設置されている。出張所で門の開閉などを確認できるようだ。
それで考えたが、運河と江戸川全線にカメラを設置すれば、巡視員など必要ないはずだ。車も運転手も燃料もかからない。最初の設備投資には費用がかかるだろうが、あとは経費がずっと安く済む。
巡視員の職がなくなる。それも困る。では、カメラのような機械ではなく、人間でしかできないことはなにか。
俺は、地域住民との会話ではないかと考えた。情報交換の会話だけでも、人間にしかできないだろう。
その日から、ゆっくり進む車の中から、散歩などをしている近隣住民に、頭を下げてあいさつするようにした。

【3】
毎朝、犬の散歩に堤防を歩く中年女性がいた。毎朝すれ違うので、車中から頭を下げてあいさつしていた。
ある日、車から降りて挨拶だけでもしようとその女性を待っていた。
「おはようございます」と言うと
「どうしたの?なにかあったの?」と聞いてきた。
「いえ、なにもないです。休憩です」と言うと「それならいいけど」と言う。
「この間、本を捨てていった人に『ここに捨てるんじゃないわよ!』って言ってやったの。」
「え!そうだったんですか。ありがとうございます。でも注意するのも危ないですから、僕にまかせてください」
「いいのよ。あなたがいつも焼いてたから、頭きてたのよ、捨てる男が」
江戸川の堤防は、住民によって守られた。

【4】
うれしかった。泣きそうだった。後で運転手さんに聞いたら、泣いてたよねと言っていた。エロ本を焼いていた俺をよく見ていてくれたんだ。俺は悪いほうに考えていた。ここに捨てればあいつが焼却処分するんだと見られて、もっとゴミが増えないか心配だった。
実際には、エロ本を焼いている俺を見て哀れに思ったのか、近隣住民は活躍してくれたのだ。
敵は天災、地域住民は味方。この考え方を軸にして巡視員をやっていこうと考えていた。
(終)


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