ないものねだり

2011/07/12(火)17:58

かごめ かごめ...

言霊の宿る国の言語学(21)

(霧の諭鶴羽神社 砂天狗撮影) かごめ かごめ  かごのなかのとりは いついつ でやる よあけのばんに つるとかめが すうべった うしろのしょうめん だあれ ?????(笑) さてさて、昔からとても不思議に思ってた一つに、かごめの唄がある。 かごめの唄の歌詞については、様々な物語や伝説が取沙汰されている。 ある地方で、かごめは篭女=妊婦を指して、度重なる飢饉と領主の年貢から逃れるため、村の口減らしで闇に流れた水子の霊を鎮め、領主への恨みつらみを綴った唄だといわれたり... 不貞をはたらいて身篭り、姑にうしろから蹴落とされて流産した嫁の恨みの唄だといわれたり... 閉じ込められ、夜な夜な男たちの慰みものにされ続けた村娘の哀れを歌った唄だといわれたり... また、徳川の埋蔵金の在り処を暗号化した唄だといわれたり、さらには「かごめ」=篭目紋=ダビデの星を表すとして、失われたユダヤの十支族や、約束の箱の伝説に結びつける説まである。 「かごめ」というキーワード一つだけでも、前述のように色んな解釈ができるんだよね。 民族学者の柳田國男よると、「かごめかごめ」や「目隠し鬼」とかの子供遊びは、大人の宗教行事を真似して遊んだものだともいう。 それで、かごめの唄が全国に知られるようになったのはいつ頃なのかというと、昭和になってからのことで、千葉の音楽教師の山中直治によって現在の千葉県野田地方の歌が記録され発表されたんだそうだ。 以外に最近のことなんだね。 実際、かごめの唄の存在が確認できる最古の文献は江戸中期のものらしい。 明治以前には各地に存在していたようだ。 また、「うしろの正面」というラストのフレーズは、明治末期以前にはなかったらしく、また「つるとかめ」のフレーズのあとの最後の歌詞が地域や年代よって異なっていたりするから、統一した解釈は難しい。 もしかすると、領主への領民の恨み歌なのかも知れないし、慰み者にされた村娘の哀れを歌う歌かも知れないし、徳川埋蔵金や、古代ユダヤの伝説にあるノアの子孫の痕跡を遺す唄なのかも知れない。  とにかく唄にせよ文献にせよ、言語を掘り起こせば、時には隠された歴史に辿り着いたりする。 だから言葉というのは面白いんだよね♪

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る