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テーマ:ヨーロッパ旅行(4252)
カテゴリ:旅2012年5月パリ鉄道事情
120522火曜日 再びオルセーへ、オランジェリーは休館
日曜日下見をしたオルセー美術館に出かけた。 開館前から並んだ。 見終わってから、今度はオランジェリー美術館に出かけると、オランジェリーは火曜休館。 その後、シャンゼリゼを凱旋門に向かって歩き、シャンゼリゼの道路の一角をお店にしているところで、パスタを食べた<イタリアン・レストラン>。 <土曜中華、日曜ピザ、月曜中華、火曜パスタ> 昼から、パリ近代美術館に行き、RERとM14を乗り継いでサン・ラザール駅。 その後、サンラザールからRERで北駅と隣接するマジェンタを目指したのに、乗り越して PANTINについてしまった。 慌てて宿に戻った。 *** 120521月曜日 美術館はお休み、ラ・デファンス、モジリアー二展を見に行く 120520日曜日 シャルトル大聖堂、モンパルナスタワー、オルセー、ルーブルへ 120519土曜日 イスタンブールをキャンセルし、ボスポラスで食事? 120518金曜日 新千歳-成田-パリCDG、空港ホテル泊 *** 120521月曜日 美術館はお休み、ラ・デファンス、モジリアー二展を見に行く 土曜に東駅、日曜にモンパルナス駅を撮影し、この日は11時ころまで北駅を撮影することにした。 その後昼食は、ホテルのフロントから教わった TOLBIAC 駅周辺の中華にした。 <土曜中華、日曜ピザ、月曜中華> TOLBIAC 駅は雨だった。 その後、ラ・デファンスに向かうことにするのだが、T3、T2乗り継ぎ計画をやめて、メトロ、RERを利用することとした。 ラ・デファンスでは、AREBA とか著名企業のオフィスがあったが、プライベートな旅行なので、企業訪問はやめることとした。アポもなかったし。 T2に乗車。 その後やっと、モジリアーニ展を見ることができた。 *** 120520日曜日 シャルトル大聖堂、モンパルナスタワー、オルセー、ルーブルへ 土曜の夜にホテルのフロントマンに、スリ対策を教わった。 日曜日、周りにスリっぽい人がたくさんいたが、バッチリOK。 朝、食事して、モンパルナス駅へ移動。 シャルトル<パリの南西80kmくらい>行きの切符を買う。 9:15ころ発車して、10:30ころ着。 昼ごはんを食べようと思ってレストランを探したが、 ここにもトルコ料理屋さんがありました。 トルコ料理が流行ってるんだとうか? 大聖堂のドアがうまくあかず、入るのをやめようとしたら、物乞いのおじさんが明けてくれた。 大聖堂周辺を散歩<帰国してから、衛星写真で上空から確認>。 11:30ころのレ者は少し時間が掛かり、13:00ころ、パリ・モンパルナス駅着。 昼にピザを食べた<前日は中華>。 14:00ころモンパルナスタワーに上る際に、ドイツ人の若者一行と一緒になり、 ドイツ語で挨拶したら、「日本と日本人と日本語は素晴らしい」と日本語で言われた。 タワー屋上<急に雨が降ってきた>から、昨日行ったモンマルトルの丘とか、エッフェル塔とか凱旋門を肉眼で確認<エッフェル塔、凱旋門には今回行かず>。 その後、オルセー美術館に行くことにして、最寄駅ソルフェリーノ駅で降りたのだが、そこにもモジリアーニ展のポスターがあった。 当日は、雨とか曇りで太陽が出ていないため、方位の計算ができず、10分程度の距離を30-40分かかった、つまり迷子になった。 やっとオルセーについたものの、めちゃ混み。日曜日見学を諦める。 川向こうのルーブルに行く。 ルーブルは以前見学したことがあるので、外側の広さの確認をした。 帰りのメトロでは、いかにも怪しいすりのような人がいたので、ショルダーバッグをずっと抱えるようにして宿に戻った。 宿に戻り、モジリアーニのスペルをフロントのお姉さんに教え、インターネットで、モジリアーニの奥さんのジャンヌの写真を見つけ、 ともかく、マドレーヌ寺院のすぐそばのピナコテークで、モジリアーニ展をやっていることがわかった。 *** 120519土曜日 イスタンブールをキャンセルし、ボスポラスで食事? 前日、宿にチェックイン後にトルコ航空のカウンターは探しておいたが、CDG1を機関銃を携帯した軍人3人がパトロールしていたので、平和ボケしてる私はビビっていた。 朝起きたが、やはり体調は芳しくなく、イスタンブールに飛ぶのは断念した。 その後帰国してわかったが、飛行機代5万円のうち、1000円が戻ってきた。 トルコ航空の飛行機(これは7:30頃)、イスタンブールの宿、イスタンブールのタクシーを国際電話とe-mailで10:00ころまでにキャンセルした。 宿からはSNCFフランス国鉄CDG1駅<CDGVALではCDG3駅>からすぐに乗れるのだが、空席がないという情報があったため、昨日着陸したCDG2駅へ戻る。 <CDGVALは、18日と19日に乗って終わりとなった> しかし、パリビジットを買おうと思ったら、一体どうなってるのというほどの長蛇の列。 パリビジット郊外型の購入を諦めて、自動販売機でパリ北駅までの切符を買った。 北駅で降りると、宿のある東駅までは400mくらいとのことで、カバンを引っ張りながら10分ほどで、目標のホテル?と似たマークのところがあり、聞いてみると、そこだった。 ただ、宿泊は月曜からで今日は土曜日、2泊前から止まりたいと申し出すると、OK。 部屋の移動もなしという。 ただ清掃に時間がかかるため、14時だと言うので昼食を食べることにした。 14時に戻ると、16時だと確実と言われて、少しむっとした。 待ち時間を利用して一番近くの モンマルトルの丘、サクレクール寺院に出かけた。 駅を降りると、原宿近辺の竹下通りか?という感じでびっくりした。 あと、駅の中の巨大広告で、パリのどこかでモジリアーニ展をやっていることが判明したが、 わからなかった。 宿に戻る前に、東駅のそばの ボスポラスというトルコ料理屋で、ケパブを食べた。 体調が良ければ、イスタンブールで食べていたはずなのだが。 *** 120518金曜日 新千歳-成田-パリCDG、空港ホテル泊120518金曜日 新千歳-成田-パリCDG、空港ホテル泊 以下は、あまり写真は掲載せず、記憶に基づき記載します。 JALで新千歳ー成田、すぐに成田で降りて、成田ーパリのJAL405便に乗り換え。 成田11:00発で、向うは16:40位着といっても時差があるので、 日本時間では、23:40くらい。 飛行機の中では体調を壊しまくり<詳細省略>、 ともかく、ロシアを超え、バルト海に出たときは嬉しかった。 <ウラルを超えたらヨーロッパとか、ずっと思ってた> 機内食は遥か昔の頃のほうがよかったなー、といった感じ。 しかし、JALで海外便に乗るのは初めてだった。 ちなみに帰りは、JALのコードシェアのエールフランス便のエアバスA380だった。 CDG2<JALだとCDG2、ANAだとCDG1>に東側から着陸ということは、 西風ということか? その後、やたら待たされた入国審査のあと、 CDGVALという無料交通システム<空港間CDG1,2,3連絡地下鉄>で、 CDG3にある予約していたホテルに泊まったが、 「どこがヨーロッパ?」というアメリカンタイプのホテル。 すっかり嫌気が差し、 あすは無事にイスタンブールに飛べるのだろうか? という気持ちで就寝した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 7, 2012 12:45:30 PM
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