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まず最初に御礼を。
4月17日の日記に記載したユニセフ募金とワンクリック募金に高い関心を寄せていただきありがとうございました。
ひきつづき国内外の支援が必要な人々に心を寄せていただけると幸いです。
*
さて、ちょうど一世紀前の明治37年のベストセラー木下尚江『良人の自白』本編をやっと読了。
文学史では「共産主義の理想」とか「社会の罪悪に陥らざるを得ない人間の弱さと苦悩を描いた」作品などといわれている。
しかし『良人の自白』1にも書いたようにこの小説の本質はやはり弁護士・白井俊三と女たちとの愛憎小説という点にあると思われる。
愛憎小説だからこそおもしろい。

本編では主として東京と松本を舞台に、相思相愛の女性と引き裂かれ、意に反する結婚をしたが、その苦悩から次第に身を持ち崩していく俊三の姿が描かれている。
つれあいが松本育ちということもあり、松本の美しい自然や町並みと重ね合わせながら読むと、いっそう魅力を感じられる。
今度、松本に帰省した際に、『良人の自白』散歩と洒落こもうと決意した次第。
続編ではいよいよ欧米に渡航する俊三と、相思相愛の令嬢・松野翠との数奇な運命が描かれるのだが、それはまた後日。

さて『良人の告白』での作家・木下尚江は表現の技巧が卓越している。
とくに男と女の運命の瞬間を描くとき、その筆は非常に冴えている。

たとえば、元家老の娘から大商人に嫁いだものの夫との仲が冷え切っている「登喜」が温泉宿で主人公の白井俊三に意を決して自分の好意を伝えにいくシーン。

俊三の部屋に灯火がついていたので、「白井さん、おやすみでいらっしゃいますか」と呼びかけながら、障子をそっとひらいた「登喜」。

そして障子は音も立てずにスウと開いた、
パッと眼を射た灯火に女は思わず飛びのいた、-俊三は左の手に一冊の書籍を開いたまま、蒼白い顔を夜具の襟に半ば埋めて、スヤスヤと眠っているのである。
女はお登喜であった。
お登喜は俄かの動悸を両手に押さえて入りも得せずに、じっと男の寝顔を目守っていたが、たちまち裏手の山上高く天地も震ふばかりミキミキミキッと凄まじい音がして、戸も障子もビリビリと動いた。
お登喜は我知らず、一足部屋に駆け込んで、やっと障子につかまって身を支えた―俊三もポカリと目を覚ました―尾上の松の雪折れの響きであった


そして次のシーンは1ヶ月後、すでに親密な仲になっている俊三と登喜の散策の様子に飛ぶのである。

新聞連載のときにも、おそらく同じ場所で区切られていたと思われる。
松の枝が折れた後の想像を敢えて読者の手にゆだねるあたり、木下尚江のテクニックはかなり凄い。

こういうおもしろさにあふれた小説だけに、武者小路実篤、山川菊栄、吉屋信子、賀川豊彦といった近代知識人たちが文壇を目指すきっかけになったようで、大きな影響を与えたのである。

ちなみにこの小説、こんなにおもしろいのになぜ世に知られていないかという理由がある。
明治43年に発禁処分を受けてから、復刻される昭和28年まで『良人の自白』は幻の本だったのである。
こんなおもしろい本を目にできなかった大正昭和期の読書人は気の毒である。(もちろんアングラには流通していたと思うが。)

思想信条の自由、検閲の禁止は読書人にとっては、なくてはならないものなのだと痛感した次第。





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Last updated  2004年04月20日 21時28分57秒
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