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カテゴリ:御家族の肖像
先週末、土曜日。
オチビといろんなコトを話しした。 セガレとは 結構つっこんだ話しもしたことがあるけど オチビには いつも対オカンとして向き合うばかりで お互いの考え方とか 生き方にまでは触れたことなかった。 父の日、っていつや?ってのが元々もキッカケだったと思う。 第3日曜日やん、今年は19日かな、 ヨカッタ~、んじゃ まだ間に合うな、Tシャツとかでええかなぁ? 本人的には 自然になんの違和感もなく云ったことらしい。 あまりにもサラっとした云い方に すぐにはナンのことか わからなかった。 ワンテンポ・・いや、ツゥテンポおいて オーヤンのことを云ってるんだ、と気付いた。 んー、ええんちゃうかなぁ。 やっとそれだけ答えた。 そこから、実の父親のコトに話が移った。 会わなくなってから 今まで一切口に出すことのなかった話題。 それを、オチビからハッキリと切り出した。 嫌やったら云うてくれんでもええけど、と前置きして 離婚の原因や、オニィ(セガレ)はどう云うてたか、ってことを尋ねてきた。 離婚自体は 苗字が変わったことで判っていたらしいが その周辺の事情に関しては 思った以上にヤツは理解してなかった。 実の父親の記憶も あたしの想像以上に曖昧にしか残っていないようだ。 そりゃそうかもしれない。 誰にも ナンの説明もされないまま 引越し、転校と大波に巻き込まれたのだ。 納得できないまま、でも、なんとなく口に出してはイケナイと感じたヤツは そのまま丸8年間 口を閉じ続けていたのだ。 堰を切ったオチビの疑問は、小学校低学年当時まで遡り その時々に感じた疑問を質問し続け 2時間ほどかかって 今の自分に対する自分的評価にまで行き着いた。 あんな、ベンキョウのことも、ウソつくなってオカンがいうんも その時はごっつ判ってるねん。 でも、またサボってもたり、考える前にホンマとちゃうこと云うてまうねん。 そっか。でも、それが自分で判ってるんやったら ア、アカンと思った時点で し直しや。 アカンと思いながら、ズルズルしてたら余計アカンで。 ごめん、ウソいうてもた、って云うたらええし マンガ離してベンキョー始めたらええやん。 ちょっとづつよぅなっていけるよ。 夜中過ぎまでしゃべって 少し落ち着いたオチビは ほんなら寝るわ、と立ち上がって最後に云いよった。 あんな、わし、オーヤン好きやで。 ○○さん(実父を名前で呼びよった)よか ええヒトやと思う。 だから、オカン いじめんと仲良くしたほうがエエで。 照れくさそうにクシャっと半笑いしながら それでも ちゃんとあたしの顔をまっすぐ見て云いよった。 いじめてへんわい、はよ寝ぇや、っと答えるのが精一杯やった。 翌日、日曜日。 オーヤンはユニクロの紫色のTシャツを 「コレはよそいきにおいとこ」とかブツブツ云いながら 自分で畳んで 引出にしまいこみ しばらくして また出して 畳みなおしたりを繰り返してた。 オチビ。 おおきなったなぁ。 おおきにな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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