十五夜連続:第十五夜 小説「オータム~未来への風が吹く~」夕日
この物語の舞台は湘南の鵠沼です。十五夜連続小説も、とうとう最終夜を迎えてしまいました。毎日訪れてくださった皆様、ありがとうございました。深く感謝申し上げます。それでは第十五夜のはじまりです。あなたの心にも何かが残ってくれると信じています。小説 オータム~未来への風が吹く~“夕日”の章「混乱してるよ。ちゃんと説明して」ケイもひかりも梶尾の次の言葉を待った。「カズヤのお母さんと俺は、ここで暮らしていた。そしてひかりが生まれた。でもひかりが二歳の時だった。亡くなってしまったんだよ。お母さんは可哀想な人だ。どちらの子供にも縁が無かった」梶尾は少し間を置いて続けた。「お母さんは、親父さんと別れる少し前、カズヤを連れて、しばらく彼女の実家に来ていたことがあったそうだ。その実家はな、俺のショップから歩いてすぐだったんだよ」「彼女が親父さんと別れてこっちに戻ってきたとき、いつもカズヤのことを思い出して、涙を流していた。虚ろな眼差しで、よく浜まで来ていたんだ」和哉の目から涙が溢れてきた。「俺は、毎日そんなじゃ体を壊すよって、声を掛けたんだ。何度も声を掛けるうちに彼女に惹かれていった。彼女もそんな俺をわかってくれた。いつしか、いっしょに暮らすようになった。そしてひかりが生まれたんだ」和哉は溢れる涙をぬぐうこともできなかった。「でもな、彼女との幸せは短かった。『カズヤ、ごめんね』と言ったのが最後の言葉だった」和哉とひかりの目が合った。その時、辻堂で初めて出会った、あの時の不思議な気持は何だったのか、その答えを知ったのである。和哉とケイ、梶尾とひかりは、鵠沼の海岸に立っていた。夕日が照り輝き、海面の色を変えようとしていた。和哉の視線は、遠い遠い海の彼方、いや、もっと遥か遠くを見ているようだ。「カズヤ、なんだか今日は長い一日だったな」「カジさん、ありがとう。一生忘れない日になりそうだ。ひかりちゃん、ありがとう」「忘れない日か…、それならもうひとつ言っておくよ」「なんです」「カズヤは親父さんを憎んでいると言ったよな。でもな、憎しみからは何も生まれないぞ。今日こうして俺達は、新たな出会いがあった。それだって憎しみからは生まれなかったはずだ。すべては、相手を思う気持ちから発したことだ。人は誰かのことを思う、その誰かもまた、誰かを思う。どうせなら、良い思いをたくさん伝えていきたいじゃないか。カズヤが親父さんを憎むのは勝ってだけど、しかしな、もしかすると、親父さん自身が、被害者なのかもしれないんだよ。親父さん自身がカズヤと同じ思いなのかもしれないんだよ。そして恨みの先がお前に回ってきてしまったのかもしれない。でもな、憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなきゃならん。そんな恨みのバトンは捨ててしまえ。お前で終わりにしろ。もちろんすぐには無理だろう。でもな、カズヤにはケイさんがいる。もう親父さんへの思いに囚われるな、そして、ケイさんと未来を見つめるんだ。お前の人生はお前のもの。親父さんの呪縛から早く解かれて、自分の人生を歩むべきだ。この星の生命に比べれば、人の人生は儚いものだ。ほんの一瞬、星の瞬きのようなものだ。しかし俺達はこの時代に生を受け、そして出会えたんだ。出会えたことだけでも、奇跡に近いことなんだ。素晴らしいことなんだ。この地球という星を舞台に、人は人生を輝かせなければいけないんだ。いいか、過去を恨んでいる時間は無い。今を、この一瞬一瞬を精一杯生きるだけなんだ。カズヤ、今を大切にしろよ。その積み重ねが人生なんだ。未来はな、自分で創るものさ。幸せになれよ、いいな、もうカズヤは独りじゃない、ケイさんも、ひかりも俺もいる」ひかりはこんな父親を初めてみた。父でありながら、父ではないような。遥か遠くから心に響いてきた声のように感じていた。夕日はますます海面を染めた。太古より繰り返されてきた、この星の営みも、一度として同じものは無い。もし同じことの繰り返しであれば、生命誕生の奇跡も無かったはずである。「母さん、ありがとう。俺、独りじゃなかった…」和哉はそこに母を感じていた。「人っていいね。ケイにも会えた、母さんが愛した人にも、そしてひかりにも。それに今日は、母さんにも会えた。今も母さんに抱かれているようだよ。あの夕日だって、この海だって、この風だって、みんな母さんみたいに優しいよ。こんな気持ちになれたのは、みんなのおかげ、生まれて初めてだ。俺はね、母さんの分まで精一杯生きるからね、精一杯…」風の向きが少し変わった。母の愛はこの広い天地に生き続けていた。そして人を結びつけた。四人の視線は、遙か遠くを見つめていた。その先にはなにがあるのか。和哉が受け取ったバトンは、もう心のどこを探しても見つからなかった。海風が和哉を優しく包んでいた。和哉はいま初めて夕日の輝きに美しさを感じたのだった。 ―完―<あとがきにかえて に続く…>