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2016年01月26日
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カテゴリ:思い出
あれは、阪神淡路大震災の時です。

京都の大学を卒業し、神戸に就職が決まっていた私は、1月16日に神戸へ引っ越しをしました。

荷物を運び込んで、マンションの引き渡しのために京都へ戻ったその日の夜。

1月17日の朝に震災が起こりました。

震災発生から3日後。なんとかがれきを乗り越えてたどり着いたのは。無惨に壁が崩れ落ちたアパートでした。

呆然としました。家財道具を破壊するために、運び込んだようなものでした。たちまち困ったのが、住むところがありません。家財道具もありません。お金もありません。

まず声をかけてくれたのが、大学のゼミの友人でした。「狭い部屋だけど」と居候させてくれた上、2月から短期留学する間、部屋を自由に使ってくれていいと言うのです。

そして、大学での周りの仲間たち。

卒業して一人暮らしでなくなる友人に一人ずつ声をかけてくれて、私のために使える家財道具を揃えてくれました。

そして一つずつ、軽トラを仕立てて、わざわざ神戸まで運んでくれました。

そして、バイト先のコンビニの店長。

「何かと物入りでお金もいるだろう。」と、引っ越しのために辞めるつもりで出していた辞表を取り下げてくれました。

春になって、就職先の研修に行くために本当に辞めなくてはいけない時には、他のバイト仲間たちにも声をかけて、「少しだけど」とカンパを集めていてくれました。

週末ごとに神戸に行ってがれきを片付けながら、春には半壊だったアパートの壁の応急修理も終わり。

なんとか住めるようになっていました。

その部屋の中には、みんなが集めてくれた家財道具が溢れていました。

被災したのは、きっと私だけではなかったはずです。誰も見て見ぬふりもできたはずです。それでもみんな、私のために一生懸命になってくれました。なんの見返りも求めずに。

あの時みんなが助けてくれなければ、正直いつまともな生活に戻れていたか分かりません。

部屋の中で、しばらく涙が止まりませんでした。

しばらくしたら、「元気か?」と、部屋を貸してくれていた友人から、帰国報告と日本酒が届きました。

あの時飲んだお酒は、今でも一番美味しかった。

私を助けてくれたすべての人に。今でも感謝しています。






最終更新日  2016年01月26日 15時55分39秒
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