手話は見る言語。
水泳指導員の先輩の中にも何人か手話を学習をしている人がいる。 私は現在はどこのサークルにも所属していないし、毎日時間を設けて独学を続けている訳でもないけれど、「手話忘れたな~」とかの危機感?やストレスは感じていない。 ある先輩指導員は、手話サークルに入っているけれど「なかなか覚えられないし、すぐ忘れてしまって困るよ・・・」と話してくれた。 「学習中にメモ取っていますか?」と訊ねたら「取っているよ~。だって覚えていられないもん。」と返ってきた。 自分の手元を見ずにメモを取れるなら良いと思うけれど、たぶん無理。メモを取るためには話者から目を外す事になる。と、目で見ていなければならない手話を見逃してしまう事になる。 私は字が速く書けないし、きれいにも書けないという理由もあるけれど、メモはあまり取らない。手話学習の時は特に話者を集中して見ている。見たまま覚える方がメモを取るより記憶に残る気がする。メモ書きしない私のテキストは「ちゃんと勉強しているの?」と聞かれるくらいきれいなまま?だった。 歌を手話訳して表すのは、聾者にとってはつまらないもので評判も良くないけれど、聴者にとってはとてもいい学習手段だと思う。CMソングを聞きながら手話で表してみる・・・私にはこれが結構楽しいし、有効な学習タイムにもなっているんだと思う。