宗教は進化しました。しかしその一方でかたくなに保守的で排他的な考え方は残っています。進化したのは上辺だけの化粧かもしれません。排他的な考え方は宗教戦争や差別の原因となってきました。この宗教対立を抑え込もうとした国は少なくありません。多くの国は特定の宗教を強制し、他の宗教を排除しました。日本のキリスト教禁止と迫害や鎖国もその一つです。
シンガポールは別の選択をしました。現代の日本も同じ選択をしています。宗教の自由です。多くの国で採用しているのですが、アメリカの例でもわかりますように宗教の自由は言葉ばかりで、うまくいっていないところも少なくありません。シンガポールは多少強制的ではありますが、不思議なほどに宗教の自由が浸透しています。近くチャイナタウンの中にあるヒンドゥー寺院も紹介しますが、このモスクはリトルインディアの近くにあるのです。
日本もシンガポールと似ています。日本は仏教の国と言うより儒教や道教の教え(道徳)が浸透しており、宗教である仏教は支配的ではありませんでした。明治維新まであれほどキリスト教を弾圧していた日本が比較的容易にキリスト教を取りこめたのはこの背景があるのではないでしょうか。シンガポールの支配階級は華僑であり、同じく儒教の影響が強く宗教については寛容だったのかもしれません。ただ日本は単に宗教が共存しただけでシンガポールのように宗教の自由を積極的、いえ強制的に取り込んだわけではありません。
宗教の自由により多くの国の優れた特徴を取り込むことなしにシンガポールの成功はなかったかもしれません。世界はシンガポールに学ぶ事が多いはずです。