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1975年12月、私が新聞社に投稿した論文「差別原理」を読んだ大学教授が発狂死した為、事件報道となり世界中のマスコミの知る所となった。
そこでも同様の発狂死(心臓発作)事件が相次ぎ、ある者は私を「サタン」と呼びある者は私を「メシア」と呼んだ。 明けて1976年1月、同様に論文「第3社会への提言」によってマルクスとマルクス主義の本源的誤りを指摘した。これも世界マスコミの知る所となった。 しかし1982年ローマ法王の死去により、世界支配階級は私の理論を隠ぺいした。だが1989年からの東側諸国の崩壊によって私の理論の正しさが証明された。
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第3社会は今の民主主義社会とどう違う
のかと言えば、一言財産相続制が廃止 された社会だと言えるのである。今の 日本の超過累進課税でいいのでは、と 思われるが根本的な法学原理が違う。 我々は歴史の流れの中にいるので、 流れの外に出て未来を予見できずに いる。そう、外へ出なければならない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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