落語『藪入り』その3
つづけます。Kちゃん「これ、あたしのお小遣いで買ってきた。お口にあわないでしょうけど、おとっつあん、おっかさん 食べてください。」ふるえながら、品物を受け取り、涙を拭くたぬじいたぬじい「ありがてえなあ、おっかあ、奉公はありがてえなあ。3年前まで、寝床の中でいも食わなきゃ起きなかったんだよ。3年たつかたたねえうちに、すこしばかりの小遣いの中から、なんか二人で食べてくれって買ってきたよ。仲良くくおうな。むやみに食べちゃもったいねえから、神棚にあげておけ、神棚に・・あとで下ろしたらな、長屋にすこ~しづつくばってやんな。『うちの子供のお供物です。』」まこお子「なにをいいてるんですよ。」たぬじい「ハッハッハッハハ(大笑い)方々連れていきてぇんだ。湯へいってこいよ。そこの湯はだめだぜ、無愛想でいけねえや。ほら、先の湯へいってこい・・そうだそうだ・・それからな、着物はすっかり脱いで、裸じゃいかれねえや、俺のなわばんてん(半纏)があるから、そいつ、着て行けよ。ああ、あとでな、湯から帰ってきてから、着りゃいいから、新しい下駄、はいてっちゃいけねえ、湯へ新しい下駄、はいてくのは、一番こっけいなんだからな。手ぬぐいも新しいの おろさなくてもいいからな。おっかあ、ちょっと出してやれ、・・・ああ、それから、湯銭(ゆせん) ある ある おめえがうちにいる時分は貧乏だったけどな、このごろ、おとっつあん、工面がいいんだ。うん、おめえに借金のいいわけさせたりなんかしてたが、もうそんなことはねえんだ。大丈夫だよ。うん、湯から帰ってきたら、ほうぼう、一緒に歩きてぇんだ。あの・・・なんだ・・おいおい、おっかあ、なにしてんだ。手桶どかせ・・出入り口に手桶なんかじゃまっけじゃねえか・・(大声で)どぶ板踏むといけねえよ。こっち踏むとあっちがピーってあがるんだ。ここの大家、たなちんとること 知ったって、どぶ板直すことしりゃしねえんだから・・・ああ、その犬、かまっちゃいけねえ。このごろ、食いつくようになったんだよ。おんなにだよ。子供産んでからおかしくなったんだ。えっ?そうだ、おめえがいる時分の犬だ。おっかあ、みろよ、おい、犬は可愛いなあ・・・子供に芋のしっぽ、もらったの覚えてるんだな。知らない人には、かみつくようにほえつく犬がよ、しっぽ振ってついていくよ・・ハッハッハ・・・納豆屋さん!!路地入ってくるの、ちょいと待ってくれねえか。子供が湯へいくんだから。路地がせめえから、いいんだよ。あとで買ってやらあ・・・・・ハア・・・いっちゃった・・」まこお子「いっちゃった・・・って、お湯行ったんだよ!!」たぬじい「だけどよ・・・もう、帰ってきそうなもんだな」まこお子「いま、行ったばっかり!!」たぬじい「えっ、来たとき?いやあ、わかるって、あれだって、おれ、わかってたんだ。おれの顔、みりゃ、障子あけたなり、ダアーって、とびこんできて『おとっつあん!!おっかさん!!』って、ガーっとかじりついてくるとばっかり思ってたんだよ。そしたらよ、開けたら、手ついてやがってよ。あらたまりやがったよ。『めっきり、お寒くなりました。』ってきやがった。『おとっつあん、おっかさん、別におかわりもございません・・・』仁義をきりやがった。おどろいたなあ、おれあ・・。口がきけなくなっちゃった。あのくらいりっぱに口がきけるようになって、手紙だって、字だって文句だって、うまくなって・・・安心だ・・うん・・着物だっていい着物だ・・帯だって年季柄の帯じゃないよ。下駄みろい、柾通ってる。おかみさんに、可愛がられてんだな、あいつ、如才ないからな。アハハハ、台所の方に可愛がられねえといけねえな。おい、よせよ・・子供の財布なんか、あけてみるなよ・・」まこお子「大変だよ、おまえさん・・」たぬじい「なんだい?」まこお子「五円札が、三枚小さく折って入ってるの・・」たぬじい「えれえじゃねえか。小遣いにもらってきたんだ。」まこお子「だけど、おまえさん、十五円ってえのは、多いと思わないかい?」たぬじい「多いったって、持っていんだから、しょうがねえじゃねえか。おおきゃどうしたってんだい。」まこお子「いえ、当人にそんなに悪い了見はなくってもだよ、お友達が大勢いるから、その中に悪い人でもあって、ご主人のお金でも・・・」たぬじい「ばかいえ!おれのガキだい!!」まこお子「おまえさんは正直だって、当人まで正直とはいえないでしょ?おまえさん、奉公しておぼえがあるだろうけど、初めての宿りで十五円もらったかい?多いと思わないかい?」たぬじい「はじめて・・十五円・・(腕組みして)多いなあ・・・多い!・・・野郎、やりやがったな。目つきがよくなかったからな。帰ってきたら、土性骨 叩き折ってやる。」まこお子「おまえさん、手が早くていけないよ。『どうしたんだい?』って、聞いて確かにそうだってわかったら、仕置きでもなんでも・・・」たぬじい「だまって、だまって、しまっとけ・・そっちしまって知らん顔しとけ、帰ってきやがった。目つきのすごいこと、見ろい。しまっとけよ。」Kちゃん「行ってまいりました。大変すいてまして、いいお湯でした。おとっつあん いってらっしゃいませ」たぬじい「前、すわれ」Kちゃん「へ?」たぬじい「すわれよ」Kちゃん「はい。なに?」たぬじい「いいかよく聞けよ。てめえの親父はな、なげえものを短かにして着て、人さまに頭のあがらねえケチな稼業をしてるけど、人のものと名のついたものには、塵一本、盗んだことはねえんだぞ。親の気持ちも知らねえでふざけたことしやがると、ただじゃすまさねえぞ!!」Kちゃん「へ?」たぬじい「ごまかすねえ。ちくしょう、ネタはあがってるんだ。てめえの銭入れ 開けてみるてえと、五円札が三枚小さく折って入ってるだろ、初めての宿りで十五円てえのは、多い。どっから盗んできたんだ、言え!」Kちゃん(あきれたように)「まあ、なにかと思って、びっくりしちゃった。あたしの財布を開けてみたの?帰ってくると、すぐに財布なんか、開けてみるんだもの、することが野趣(やしゅ)だから いや・・だから貧乏は・・・」たぬじい「これ!なにが!」(おこるたぬじい、手が先にでて、Kちゃんを叩こうとする。かばうように、まこお子が・・)まこお子「およし!お逃げ!お逃げ!お逃げよ!およしっていってるんだよ!ご近所の人が止めに入ったら、どうするんだよ。血で血を洗うようなもんじゃないか。(Kちゃんのほうを向いて)ごめんよ。おっかさんが悪いんだよ。おとっつあんがわるいんじゃないの、あんまり多いからね。(泣)お前、一人だろ、心配したんだよ。盗んだんでなきゃいいんだよ。聞かしておくれ、どうしたの?泣いてちゃわからない。どうしたの?」Kちゃん(泣きながら)「盗んだんじゃありませんよ。盗んだんじゃありませんよ。あそこの店に奉公に行ったら、ペストがはやるから、ねずみ捕れ、ねずみ捕れって、ねずみ捕っちゃあ、交番に持っていってた、その中、一匹十五円って懸賞が当たったんです。『子供がお金を持ってたらためにならないから、預かっておく。』今朝、宿りにいくって言ったら『おまえの家も困っているだろうから、持ってって、喜ばせろ』って、今朝、旦那からいただいたんです。盗んだんじゃありません。ねずみの懸賞でとったんです。」まこお子「まあ、偉いことしたね。そうかい、ごらん!ねずみの懸賞で獲ったんですって」たぬじい「てめえがへんなこと言いやがるからじゃねえか。妙な気になったんじゃねえか。ばかやろめ・・そうか、ねずみの懸賞で獲った。うまくやったな。・・主人 大事にしなよ。チュウ(忠)のおかげだから・・・」