「完の復習」 スタートレック・イントウ・ダークネス 完全ネタばれ
昨日、仕事が山積みなのに、ほったらかしで、「マン・オブ・スティール」を見てきたたぬきじじいです。何度も映画化され、TV版から、オンタイムで見続けているので、今回は、ビデオで確認しようかなと考えていたのですが、一つだけ、僕の気をひいたのが、脚本があのクリストファー・ノーランさん・・・これで、見に行きました。この映画は、スーパーマンのあらすじを知っている人や、マーロン・ブランドが、父親役を演じた作品をごらんになった方でも十分楽しめます。今回の映画でクラーク・ケントの育ての親がケビン・コスナーで、産みの親が、ラッセル・クロウ この父親達がいい。すごく、いい。特に、育ての親の最後はすばらしい。人類と異星人のはざまで、悩むスーパーマンこの悩みを打ち明けるのが、教会で、その牧師の答えがいい。是非、確認してほしいですね。ヒロインのロイス・レーンも敏腕記者の面目躍如で、ずっと、なぜ、スーパーマンの正体がわからないのだろうと、疑問におもっていました。その回答がこの映画にはあります。さて、見る気になりました?「スーパーマン」の映画の中で、最高点を、つけます。では、ここから、「スタートレック・イントウ・ダークナス」のネタばれです。まだ、公開中ですが、早く書かないとタイミングを逸してしまいそうなので、書かせてもらいます。(わすれてしまいそう・・・)これから、あとは、読む人の自己責任で・・・最後に暴論を・・・・簡単にいうと、オリジナルの映画版 第2作「カーンの逆襲」のリメイクになるんですね。パロディというと、語弊がありますが、よくできた映画です。元を知らなくても、十分楽しめるのですが、本当を言うと、先に元の映画を見ておくのも、いいかもしれません。落ちまでは、ネタばれはしないつもり、まず、地球の連合艦隊の中に、カーンがひそんでいて、復讐をはじめるところから、始まります。子どもの病気を治すことと引き換えに、資料庫の爆発をさせるカーン・・・このエピソードはとても悲しいし、その選択をする父親の哀しさはすごく共感できます。(ただ、その選択は、同意できません。そのことによって、どれだけの家族に不幸をもたらすかを考えれば、否定します。)カーンという悪役は、TV版では、地球から追放された超人類で、カークが冷凍睡眠から、よみがえらせ、なんとか、惑星におきざりにします。そして、第2作で、カークに対する逆襲が始まるのです。そして、多大なる犠牲、最後にスポックが亡くなることで終わります。ラストシーンでは、スポックの犠牲的な行動で、エンタープライズが、助かるという映画でした。さて、それが、リメイクされるとどうなるか?セリフの一つ一つが、すごく連動しているんです。最初のエピソードも、伏線になっていて、最後に効いてきます。あと、「トリブル」という動物も伏線になっていて、この動物は、クリンゴンの嫌いな動物で、なぜ嫌いになったかは、TVシリーズを確認してくださいね。トレッキーにとっては、クスッと笑えます。(これも、カメオ出演の分類かな・・?)完全なカメオ出演といえば、レナード・ニモイさんが、出演、「カーン」について、新スポックの問いに答えます。「カーンという男に心当たりはありますか?」「最大の敵だった。それ以上は、話せない。」「倒したのですか?」「多大な犠牲を払って、倒した。」ここでも、元の映画をみていないと楽しめないかな?そして、印象に残っているのが、スールーが、カークの代理として、キャプテン席に初めて就くシーン、これは、前の映画シリーズで、最後は、スールーが別の船のキャプテンとなることを思い出させてくれて、おもわず、拍手しそうになった。あとはキャロル・マーカスは、カークの子どもを産んだ女性として記憶していますし、第2作では、重要な役割を果たしています。あとはなんだろう。スタートレックの根本にはご都合主義が流れている気がするのは、僕だけだろうか。この論点は、カーンの主張にも、現れています。「自分のクルーを守ることが、私の義務である」カークも同じことを主張している気がします。拡大解釈というか、だから、なにをしてもいいという話には、ならないし、これが、スタートレックの弱点でもあり、長所でもあるというのが、僕の主張です。たぬじいの暴論「バットマン、スーパーマン、スタートレックは、アメリカの古典落語である。」ストーリーはほとんど、同じでも、演じる人達によって、感じ方が違う。いろんな解釈があって、いろんな落ちがある。安心してみていられる。スーパーマンの落ちはいいですよ。さて、皆さんはどう思いますか。スポックとウフーラの子どもがみたい・・・(その前に自分の孫が・・)ではでは