高貴なるたましい

2005/07/26(火)12:18

エネルギーと物質、そして時間。

心の健康(22)

今という時間を考えたときに、過去とは固定されたものである。 時間軸に固定されている存在は、過去を変えることはできないのである。 そして、物質としての人間は、過去を変えることはできない。 過去を変えようと思っても、存在の次元が違うから無理なのである。 未来とは変更可能であるが、エネルギーが加えられなければ、現在と変わらぬままである。 ただ、そこに存在するだけである。変化や動きといったものは無い。 物質に、エネルギーを加えるとどうなるか。 水に熱エネルギーを加えると、お湯になる。当たり前の話である。 人間という物質にエネルギーを加えると、どうなるか。 動き出すのである。 心臓が止まることなく動いているからこそ、物質としての人間は生きていられるのである。 動くとお腹がすく、だから食べてエネルギーを補給するのである。 当たり前の話である。 ところが、人間は物質だけでできているものではない。 「こころ」があるし、「たましい」を持っている。 「こころ」にエネルギーを与えるとどうなるか。 元気になる、やる気が出る、活発になる。活動的になるのである。 「たましい」にエネルギーを与えるとどうなるか。 真理を紡ぎだす。たましいとのパイプが太くなる。 たましいとの会話がやりやすくなる。 人間には、このように三つのエネルギーが必要である。そして、これらは密接に関連している。 物質としての人間が死んでしまえば、「こころ」はその存在意義をなくしてしまう。 死んでしまった人間に、いくら「こころ」のエネルギーを与えようとしたところで、物を動かすことはできない。 逆に、「こころ」にエネルギーを与えなければ、「こころの病」が起こってしまう。 いくら、体にエネルギーが入っていても、動けないのである。 弱ってしまった「こころ」では、たましいの言葉を聞けない。 いや、逆かな。 弱ってしまった「こころ」だからこそ、「たましい」の言葉を聞くことができるようになるのかもしれない。 元気な調子の良い「こころとからだ」では、「たましい」の存在に気がつかない。 弱ってしまった「こころ」だからこそ、その中にある「たましい」の存在に気がつくことができる。 「たましい」はその言葉を受け止めてくれる、「こころ」が必要である。 そして、「たましい」の言葉に導かれた「こころ」に従って「生きる」。 「澄みきった、たくましい、こころ」これこそ、私が探し求めているものかも知れない。 もう少し、自分の「こころ」の中をみてみようと思います。 ------------------------------------------------------------------------- 「お金に価値なし、お金を生み出す、高貴なたましいにこそ価値あり」 ★ 人気blogランキング ★ 今日の書き込みが良いと感じたら、ポチッとお願いします(*^_^*) 「わたしは、澄みきった逞しいこころを持ち、たましいの言葉によって生きる」 -------------------------------------------------------------------------

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