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カテゴリ:よもやま話
子連れ出勤のことを書いた日記に、カメハハさんが「(子どもを預けるには)、ある意味どこまで恥をさらせるかってことじゃないかと思います」と書かれていました。
きゃらめるさんのように都会で子育てをするママは、なかなか近所づきあいもなくって、大変なのかも知れませんが、子どもがたくさんのところで子育てするときは、仲間もいっぱいでいいこともある反面、人の子育てが気になるってこと、ありますよね。 人に子どもを預けたり、子どもを預かったりすると、思いがけないコトが発覚することあります。 例えば、素敵にパッチワークで飾られたお家なんだけど、お母さんはほとんどご飯を作っていなかったり…お父さんは、素敵なお医者さんなんだけど、休みの日は半裸でテレビ三昧だったり… 子どもから聞くお家の話はなかなかの醍醐味です。子どもは「隠し事」が下手ですから。 誰ですか、「今度やってみよう」と思っている人… 一階のマーくんは、私が冬でも扇風機を出しっぱなしなのを見て、「うちはチャンと片づけてるよ」と注意してくれました。 彼はいま、高校生となり野球部のピッチャー、めったなことでは口をきいてくれません。 お母さんの方が料理上手だよ、と言ったのは、誰でしたっけ… ご飯食べさせてやっているんだから、黙って食べろ!と思いましたが。 まあ、そんなこんなの子どもの失言は、うちの子もどこかでやっているかも知れず… 我が家の恥がどこからか流失していたのかも知れません… 子連れ出勤、子連れ外出も似たようなものです。子どもが「猫をかぶって」いられるのは一時間くらいが限界で、とんでもないことになるコトもしばしばです。 つまりは自分の子育てをさらしているようなものなのかも知れません。それを続けるとどうなるかというと… どうも、自分の子育てに幻想を持たなくなります。私は立派な母であるとは思えなくなる。それは自分を振り返ってなかなか良かったなと思うところです。 だって、自分の子育てに幻想を持たないということは、わが子は天才に育つかも知れないなんて幻想も生まれませんから。子どもに必要以上の期待はしなくなります。 もう一ついいこと。それは子どもがたくさんの大人に出会うことです。保育園や幼稚園では同じ年齢の子どもたちとしか出会わないのですから。 我が家の子どもたちがある程度大きくなって、親について出掛けなくなった頃、私は子どもたちが親以外の大人に出会うチャンスを作ることを心がけていました。 親戚が近くに住んでいないこともあるのですが、私の友人や知り合い、ピアノの先生、お習字の先生など、親以外の大人の考えを知ることがとても大事と思いました。友だちの家に泊まりに行くのも奨励していました。 家族がなかがよければいいほど、自分の価値観がもっとも正しいと思いがちです。 例えば、子どもの発見ですが、「お茶碗が一人ずつ決まっていないうちがある」というのは私もビックリしました。が、そんな家があってもおかしくないですよね。 さまざまな価値観と出会うことで、自分の中のたくさんの偏見をくずすことはとても大事と思います。若い人たちに海外旅行を勧めるのは、固定観念をくずすためにとても有効だからです。 そして、小さい子どもも、連れて行かれたところで、違う世界を知り、その中で自分なりの何かをつかんでいるような気がするのです。 どんなところへも子連れで出掛けていく人を知っていますが、お嬢さんはとっても一人遊びが上手です。子どもなりに、過ごし方を身につけるのでしょうか。 小さい頃からいろんなところに連れていかれた子どもは、どんなところでも生きていけるたくましさを身につけるような気がしてなりません。 まあ、でも、ときには誰かに預けて、思いっきり「母でない時間」を楽しむこともお勧めします。24時間母親業はそれなりのストレスもありますからね~ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004.09.23 23:32:37
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