怪しいオヤジ
そりゃ、もう、どこからどう見ても怪しかった。会社の同僚との待ち合わせで深夜、数寄屋橋交差点付近にたたずんでいた時のことだ。オッサンはタバコに火をつけながら「最近はタバコを吸える場所も少なくなってたまんねーなー」なんて言って近づいてきた。 離れていても息が酒臭い。普段なら、その手のオヤジは無視を決め込むところだけど合流時間が決まらずに退屈してたから「まったく。スモーカーには住みにくい世の中になりましたね」なんて言いながら話を合わせた。その後に天気の話でもしてくればただの通りすがりのオッサンというだけで終ったんだけどタバコの話題が終ると、今度は競馬自慢が始まった。しかも「今日1日でガッポシと勝たせてもらったよ。おにーちゃん。おじさんがいくら勝ったかズバリ当てたら稼いだ金の1割あげるよ」という気前の良さ。十分にウサン臭かったけどチラリと見せつけた左手のフランクミューラー(もどき)で確信が持てなくなった.「そうねぇ。50万円ぐらい勝ったの?」「ブー。その10倍くらい。正確に言えば400万円くらい」とにかくオッサンの話は世間の常識を超越していた。「土曜日の夜の銀座はつまらないし今から迎えがきたら麻布へ遊びに行くんだ」やら「この馬券は配当が8万6000円ぐらいついてるんだよ。タダであげちゃうとオジサンのツキがなくなっちゃうから掛け金の3分の1で譲っちゃうよ。おにーちゃんがどんなに無理な使い方をしても一晩の食事代くらいにはなるでしょ」。 その勝ち馬投票権の投資額は2点で15000円。本当に8万6000円以上の金になるなら5000円で買い取ってもいいけど見た目からしてウサン臭い。自称72歳の酔いどれオヤジは執拗に買い取りを迫ったけど「お気持ちだけで結構です」と繰り返してポケットに馬券を戻してやったら迎えの車も来てないのに立ち去っていった。 本当は有名な足長オジサンだったかもしれないし見たまんまの怪しいオヤジだったかもしれない。でもヤッパリ信用は出来なかった。暇つぶしの相手としては最高だったけどね。