テーマ:好きなクラシック(2283)
カテゴリ:クラシック
LiSA’s document
テレビやミュージックヴィデオ、あるいはCDなどは、音楽を撮るのに1テイクで済ませるということは、まずないでしょう。とくにCDなどは商品として世に出すので、一つの傷もないように、何度も撮り直しをくり返して仕上げていく。結果、出来上がった音楽は、口当たりはいいけれど、意外と生気に乏しい響きになったりもする。このあたりの判断は、ディレクターとかミュージシャン本人の趣向にかかってきます。 対するにライヴ演奏はポップ、クラシックを問わず、いったん始まったら誰にも止められない。失敗も含めて取り返しのつかないパフォーマンスを、そのつど披露するというのが、ライヴの醍醐味ということでしょう。もう一つライヴの妙味は、これまたポップ、クラシック問わず、そのパフォーマンスに聴衆が関与できる状況があり得るということなので、その痕跡をわずかでも演奏に見止めたときは、大満足を得るということになります(だって、そのパフォーマンスは二度と起きない類のものじゃないですか)。 クラシックなんて畏まって聴いてるだけじゃん、と思われるかもしれませんが、会場全体を領する空気というか、聴衆の呼吸というのは、案外指揮者は背中に感じているはずだし、私的にはそうでないとちょっと困る(聴き手まったく無視で、忘我の境に入ったきりという演奏をする、あるいはそのふりをするアーティストが、世の東西を問わずいますが、案外つまらないことが多い!?)。 で、このライヴの一回こっきりのスリルを保証するものは何かと言えば、これまた話が戻りますが、「生きた身体」の介在そのものなのです。ものすごい音響機器を並べて、生演奏でございとやられても、これは論理必然的にライヴにはなり得ない。そのパフォーマンスは何度でも再製可能だからです。 と、考えてくると、LiSAさんの本籍がロックミュージシャンだというのは、示唆的ですね。私はとてもじゃないが、ロックフェスのようなライヴにはついていけないので、動画をチョイ見するレベルですが、パフォーマーが煽り、煽られた聴衆の興奮がさらにパフォーマンスを加速するというのは、こうしたライヴの一種定番でしょう(私はライトペンを合わせて振る、聴衆の趣味がサッパリ分かりません、すいません!)。 しかしこれも前に言いましたが、クラシックのコンサートでも、聴衆の興奮した呼吸が楽員に反射し、それを検知した指揮者が驚愕しながら、未踏のフィナーレに突入する、という演奏がたまにあるのです(だからと言って、それがクラシックの魅力すべてということじゃ、もちろんないですよ)。 「THE FIRST TAKE」は、スタジオ録音に一発撮りというタガをかけることで、ライヴのようなナマな感じを企図したのでしょうが、それは期せずして動画にドキュメンタルな印象を与えることになりました。つまりコンプリートな作品としての音楽ではなく、「音楽が立ち上がる瞬間の記録映像」のような作りに、結果的になっているということです。 ちなみに、カラヤンはコンプリートにこだわった人で、本人は間違いなくその記録された音楽も映像も、永遠に固定され保存されるべきもの、として捉えていたでしょう。面白いのは、それでも彼の音楽にはいまだに「立ち上がる瞬間」があるのです。これについては思いつくことがあるのですが、またまた話が長くなるので、ここではしません。 このあたり、ほかのミュージシャンの動画がどうなっているかは、見てないので分かりませんが、LiSAさんの動画は間違いなくそのへんをよく理解していて、むしろそれを逆用するかように、思い切った唄いかたをしたのではないか?「紅蓮華」「炎」ともOSTやPVより、はるかにナマな作りで、アタックやブレスもより強い。であるにもかかわらず、私たちはそこから「音楽が立ち上がる」のを、ありありと見止めるということになります。 私自身の長年の禅問答、「音楽はどこにあると言えるのか?」の回答を、一つここに見た気がしました。 このヴァージョンで用いられた「紅蓮華」のテンポは、私の気のせいかもしれませんが、OSTやPVより若干遅めで、そのぶんLiSAさんのヴォーカルの神髄がよく分かる。遅めのテンポで一語一語が分かるように、さらにリリカルなヴィブラートやアタッキングを明晰にすることで、むしろよりダイナミックな疾走感を出しているでしょう。ひたすら早いのではなく、その間に動的な色合いの変化を出しているのです。で、そのさまざまな発語の色合いの変化は、連続アニメ「鬼滅」の物語に直結しているじゃないですか。 ただこの音源がもし、テレビアニメのオープニングにそのまま使われたとしたら、ちょっと困ったかもしれない。本編とあまりにも密着しすぎるのは、かえって観る側の想像力を奪ってしまう場合があるのです。 その意味で、この「紅蓮華」は「鬼滅」の物語を充分に知悉しつつ、アニメ本編から一歩「踏み出した音楽」になっている、ということが言えるのではないかしらん。で、それがいっそうあらわになったのが、「炎」だったのではないか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2022.09.06 17:36:37
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