2023/11/30(木)12:35
愛の流転 第二部(9) 。。。
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第九章 港区のとあるマンション。
日本での生活が営まれる処で、防音壁に囲まれたピアノの練習室を兼ね備えて
いた。
ウイーンから戻った梨華は、次のコンサートにむけてチャイコフスキーの
ピアノ協奏曲を、弾いている。ふと指をとめた梨華は窓辺をみやった。
ニューヨークの摩天楼に比しては寂しい限りだが、東京タワーの灯りがなぜか
ほっこりと心に浸みた。そして、指は鍵盤をなぞり、このような
メロデイーが・・・・
ピアノがすべてであった梨華の心に、忍び込んできたのは飛鷹への想いであった。
パーテイーで飲んだワインの酔いもあったのだろう。でも初めて抱かれた時、
これまでの男とは全くちがうものを感じた。
繊細な心遣いと裏腹に、熾烈なビジネス界で戦う、野性味溢れる男くささを・・・
世界を駆け回って演奏を続ける梨華と、ニューヨークで多忙を極める飛鷹とが
逢えることは、それほど多くはない。逢えたその時を楽しむというドライな考え方
が、逢瀬を重ねるごとに離れていても飛鷹のことを、あれこれ思いをめぐらす
ようになっていた。
結婚し家庭をもつことが自由な恋愛を束縛し、奈落への道につながる結末になる
事を、冴子の死 から梨華は教えられた。これまで多くの男達からプロポーズ
されたが、梨華が首をたてに振ることは決してなかった。
でも、飛鷹からそうされたら・・・
いやいや、そんなことはありえるはずがない・・・ 今度は、シカゴ交響楽団との共演である。
アメリカの五大オーケストラの一つに数えられるが、1969年ショルテイが
音楽監督に就任して以来、世界的にも有名になり第 2 黄金時代を築き上げたと
言われている。
演目は梨華の希望通り、チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番で、指揮は第10代
音楽監督のリカルド・ムーテイ。
この曲は、1874年チャイコフスキーが作曲し、モスクワ音楽院院長のニコライ・
ルービンシュタインに聴いてもらったところ、酷評を受けたピアノの弾き手に
とっても難曲である。伝統的なスタイルとはかけ離れているが、随所に魅力的な
旋律や斬新な工夫が見られる。
マルタ・アルゲリッチの再来と、音楽界では言われている梨華には、この曲に
思い入れがあった。それは、1994年ベルリン・フィルと彼女が共演し、縦横無尽
自在に弾いたその奔放を極め絢爛たるテクニックに、感動を覚えたのであった。
アルゲリッチを超えるみずみずしいタッチの演奏が、はたして梨華に出来るか
どうか、彼女自身の挑戦でもあったのだった。
8 時間以上ピアノに向かって疲れはてた梨華は、ふと外の空気を吸いたくなった。
路地裏に赤提灯の居酒屋がある。時々顔をだすので、亭主とは顔なじみである。
( 梨華ちゃん、らっしゃ~~い!! )
焼き鳥の香ばしい匂いとともに、威勢のよい声が梨華を迎えた。
居酒屋には相応しくないその容姿に、カウンターの酔客の目が一斉に注がれた。
でも、国際的なピアニスト武田梨華であることに、気づくものはいなかった。
( いつも通りぬるめの燗で、お願いね・・・ )
( あいよ!!! )
店内には八代亜紀の舟唄が流れている。
(^^♪ お酒はぬるめの燗がいい~~~
肴はあぶったイカでいい~~~ (^^♪ 女は無口な人がいい~~~~、か・・・・
梨華はポツリとつぶやいた。
ニューヨークの居酒屋で一人演歌を聴きながら、飛鷹も望郷の念にかられている
のだろうか・・
シカゴでの演奏会終了次第、飛鷹に逢いに行こう・・・・
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