ブレイクブレイドの区切り方
「今日も、空が青い。」某国の二番手パイロットであるところのソレク・ギランデはいわゆる詩人でもある。そもそも、詩人と一般人の違いなんてどこにあるのかという疑問があるだろうが、この場でこのことについて議論するのも野暮なのでまたの機会にしたい。「さて、ビエン子は元気だろうか。様子を知っていますか?」ここでいうビエン子とは、ソレク家で育てられている鶏の名前なのだが、その由来として彼女が鼻炎であるという話は特別語るまでもない話だろう。さて、私は様子を知っているかと尋ねられたので答えなければならない。「ビエン子は、昨晩から深い眠りについていてまだ起きていないよ。」もちろん、これは全くの嘘である。私はビエン子については何も知らないし、知りたくもない。ビエン子と私の相性の悪さは周知の事実である。彼が、私にビエン子のことについて尋ねたのは皮肉めいた思いすら感じるが、それも無理はないことだろうと思う。ところで、ソレク・ギランデには兄がいる。名前はソレク・ギルノ。ギランデを二番手パイロットにまで押し上げたのは、彼の力が大きかったと言っても過言ではない。兄のギルノは、何事にも努力を惜しまない。弟のギランデはよく言えば要領の良い、悪く言えば自由で少しわがままなところがあった。タイプの違う二人だが、彼らの間には幼い頃からの信頼関係があった。そう、あったはずだった。「父さん、ビエン子がいないんだが、これはどういうことだろうか。」私は、投げかけられた疑問に答えることが出来なかった。全て知っていた。ビエン子はギルノが昨晩連れ出してしまったということと、彼がもうこの家に戻ってくることはないということ。 私が二人の息子を持った頃、私は既にこの国のエースパイロットであり英雄と呼ばれる存在だった。私自身、そんなことを気にする余裕もなく日々戦場で飛び回る日々を送っており、息子の誕生を知ったのもどちらも戦場にいる時だった。だから私は彼らの成長に関してほとんど目にすることはなかった。私が彼らの成長を初めて見ることになったのは、戦場の中だった。二人は新人ながらも目覚しい活躍を見せて戦績を上げていった。彼らが私を目標として努力しているというのは知っていたし、そのころからは顔を合わせる機会も増えて、彼らのことを分かり始めた気がしていた。「父さん、僕はもう耐えられない。明日この家を出て行くよ。」 しかし私は何も知らなかったのだ。ギルノは自らの意思でパイロットを辞め、整備士として働き始めた。弟を支えるためだと、私が訊いたときには確かにそう答えた。だが、違った。私を目標として努力を続けた二人の間には明らかに差が開き始めていた。ギルノは知った。戦場でギランデに死地から救ってもらったときに、追いつくことが出来ない壁があることを。ギルノからその話を聞いている間、ギルノの腕に抱えられたビエン子が腕に大量のフンをしていたことにばかり注意がいき、こんな感じだったかなと言う位にしか覚えていない。 「ああ、ギルノ。お前だな。お前がビエン子をどこかに連れ去ったんだな。わかる。わかるぞ。お前が最近、ビエン子のことをやらしい目で見ていたことは知っている。そうか駆け落ちか。若いな、ギルノ。」 違う。違うぞ、ギランデ。確か違うことが理由だったはずだ。もし二人が相思相愛なら、ビエン子もあんなにフンまみれにしないはずだ。いや待てよ。もしギルノがそれを望んでいたのだとすれば話は変わってくるぞ。私はギルノのことをよくは理解していない。もしかしたら、そういうこともあるのではないか。いや、そもそもそういう性癖というのを父として認めるのはどうなんだろうか。少数派の意見を大切にするというのは大事だが、息子を正しい方向へと導くのが父の役割ではないだろうか。分からない。私はどうすればいいんだ。「父さん、それはそうともう行かないと。時間だ。」 あれ。ギルノが結局家を出て行った理由ってなんだったか。とりあえず今は家を出る時間だということは間違いのないことだ。今日も私は戦場に向かう。 「ギルンカ隊長、おはようございます。あれ、今日はギルノ整備士とご一緒ではないのですか。」 私の部隊の細かい統率はこのココカ・ラナノに任せている。彼はギルノとは旧知の仲で新人の頃はギルノ、ギランデの二人と競い合っていた。実力は二人からよく聞かされていた。腕は確かだ。だが彼には足りないものがあった。だから私は彼を私の部隊に入隊させた。ギランデがラナノに答えた。「彼は旅立ったのです。本当の自分を知ったのです。私は彼がいなくなって寂しいですが、きっとまた会えます。彼が幸せならそれでいいのです。」 そういう話だったかな。私自身よくわからなくなってきた。なんだか頭がぼうとしてきた。時間だ。戦場に私たちは赴いた。「ラナノ、私は作戦通り前線の戦闘機に陽攻を行う。お前は部隊の残りを率いて敵部隊の壊滅を頼む。」 無線からは応答がなかった。何度試しても同じだった。接触不良かと思い、私は作戦通りに陽攻を行うことにした。ダダダダダ。背後から撃たれる音がした。旋回してかわす。どうした。背後には味方のレーダー反応しかないはずだ。確かめてみても同じだった。味方?みかた?ミカタ?「父さん、さよならだ。」ギルノの声がする。確かにギルノの声だ。すぐに理解するのは容易ではなかった。だが間違いない。その機体はあちこちにフンがついていて、ギルノの肩に乗ったビエン子は容赦なくギルノをフンまみれにしている。 ギルノのことだ、周到に計画されたことなのだろう。私の機体を囲うようにして敵機体とギルノの機体と味方だったはずの機体が飛ぶ。これはもういよいよ諦めるしかなさそうだ。「父さん、あなたがいなければ良かった。あなたが私たち兄弟を生まなければ良かった。ビエン子を飼おうなんていわなければ良かったんだ。」復讐だということは伝わったが、ビエン子の話だけは分からない。結局駆け落ちだったのだろうか。一体、何が彼を狂わせたのか。私が、もっとよく二人を見てやればよかった。そうすれば、ギルノもこんな性癖にはならなかっただろう。ダダダダ。上方から敵機体を落とそうとする音がする。ギランデだ。「ギルノ、父さんも駆け落ちのことは話せば分かってくれるはずだ。だからこんなことせずに、もう一度話し合おう。」「ギランデ、もう全部終わりにしよう。父さんを討てば全て自由だ。これでビエン子と駆け落ちするんだ。」 ああ、本当に駆け落ちだったのか。じゃあ私がギルノから聞かされた話はなんだったんだ。記憶なんて気付いたときには、自分の都合のいいように書き換えられてしまうんだろうか。ご都合主義なんてまっぴらだ。私は私のやり方でこの国のエースになったんだ。ギルノ、お前の性癖を許せない私を憎まないでくれ。これからは、敵同士だ。 ギランデの助けもあり、その場を命からがら逃げ切った私は自国の基地に戻り報告を済ませ、早々と岐路に着いた。これから戦況は、自国の軍の情報を知っているギルノが敵国側についたために、より一層厳しくなるだろう。いつ終わりがくるかも分からないこの戦いに辟易としながらも、私には息子の行く末を見届ける義務がある。しかし私にはどうしても気になる一つの疑念があった。 敵国の人はフンまみれのギルノに対して不審な思いを抱かなかったのだろうか。 今日はもう寝よう。明日の空もきっと青い。