ある公共事業の物語
今回は私の創作物語を紹介する.ある公共工事をめぐる人々の動きをテーマに,田舎のムラ的社会で起りがちなことを想定して作った,1つの物語である.<プロローグ> 村に大きな公共事業の話がやって来た.村人の半数近くは反対した.半数「近く」である.反対の声は大きいけれど,多数決で過半数はとれない. 残りの人たちは2つに分類される.まず地元の有力者たち.広い土地をもっていて,公共事業で確実に大儲けする.こういう人たちは少数である. 次に村民の半数程度を占める無関心層.この人たちは基本的に「どうでも良い」と思っている(または何も考えてない).その時々の風の吹きようにより,より得な方に着く.つまり普通は有力者たちの意見に従う.<第1場: 村の有力者たち> 公共事業の計画は,多くの村びとには「降って湧いたような」話である.しかし有力者たちは事前に知っている.何しろ有力者ですからね.しかし,半数近くの村人が反対の声をあげた.さあ,どうする? 「私は賛成だ」と言いますか? いやいや,それは愚かな発言.小さな村のことです.どの土地が誰の所有かは皆知っている.工事が遂行されたら誰が儲かるかぐらいは皆すぐわかる.ここで「賛成」などと言うと悪評がたってしまう.村の名士として,それでは差し障りがある.ここはひとまず村人の意見に同調しておくのが上策. それに反対運動が盛り上がるほど,土地を行政に高く売ることができる.まず反対し,値段を釣り上げてから「しぶしぶ」と土地を手放す.もちろん税金をあまり取られないよう,毎年少しずつ売る.こういう相談には,役人は喜んで乗ってくれるでしょう. こうして,有力者がひとまず反対派に同調することで,村の反対運動は大いに盛り上がる.<第2場: 役人たち> 村びとに事業を「ご理解」いただくには何をすれば良いか.これを成功させるかどうかに,お役人ご本人の将来と老後がかかっている. まずは「地元説明会」を開く.こんなもので地元が納得する訳がない.しかし役人としては「説明会をした」という「実績」を残すことができる.次に家庭訪問.個別に説得する.特に地権者と懇意になる.あまり反対して土地を強制収用されたら損ですヨと,さりげなく示唆する. もちろん村の有力者とは特別に懇意になる.そして反対者の身元を洗う.会社勤めの人には,そちらに手をまわして「ご理解」を求める.田舎は仕事がないので,多くの会社が行政に出入りしている.行政ににらまれたら仕事がなくなる.だから会社勤め人とその家族は,けっこう簡単に「ご理解」して頂けるようです. そして,積極的に反対している人は「プロの活動家」であり「共産党」だという噂を村に広める.今でも田舎では「共産党」は「犯罪者」とほぼ同義です.そういうコトバが通用する世界であり,現実の政党とは何の関係もありません.<第3場: 大団円> そして決め手は地権者が行政からもらえる金額の提示.これで大勢はひっくり返ります.地権者がとても断われない高額の土地代.おまけに地元の活性化のため行政はこんな事もしますよという好条件.これで首をタテに振らなかったら馬鹿ですね.反対したら土地を強制収用されるだけのこと. ここで有力者たちは,村の無関心層を大動員して村民集会を開く.多数決で「事業推進」を可決する. これで反対派は大体燃え尽きてしまう.仮に後日,風向きが変わったとしても,もう当分は前に出て来ないでしょう.めでたし,めでたし.<エピローグ: 風向きが変わった> 政府の顔ぶれが変り,事業の中止が村に告げられる. かつて反対するフリをすることで土地を高く売ることに成功した有力者たちは,政府の方針変更を激しく非難して,こんどは補償金の釣り上げをねらう.柳の下に今度もドジョウがいるかもしれない.いないとしてもゴネて損はない. この物語はフィクションであり,特定の個人・団体とは何の関係もありません.