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カテゴリ:雑談
梟が鳩に出会った。鳩が
「どちらへ」 と尋ねてきた。梟は、 「東へ引っ越すところです」 と答えた。 「何故ですか」 鳩は重ねて問うた。梟も 「里の人達が皆、私の鳴き声を嫌うのです。だから東へ徙るのです」 と説明した。すると鳩は言った。 「あなたが鳴き声を変えられるのならば、それも良いのでしょうがね。変えることが出来ないならば、東に移り住んでも同じことですよ」。 前漢の大儒、劉向が編んだ『説苑』に収められている寓話である。 今時まだメールかよ、だが、LINEをやっていない。それで、知り合いとの連絡には専らメールを使う。 前の職場の同僚から、メールが来た。以前(2021/2/13『呂蒙娘との夕餉』)に紹介した人である。時々、思い出したように 「コロナ大丈夫ですか」 とか、 「室蘭は星が綺麗ですか」 といった感じで寄越してくる。 今回は、 「今日病院行ってきました。去年の今頃はもう入院してたなって、しんみりしてました」 とあった。 彼女が昨年、命にも関わるような疾に苦しんだことも前に述べた。それで長期入院を強いられた。途中、あまりに治療が辛すぎて、友人に 「もう治療を受けたくない」 と弱音を吐いたこともあったという。コロナで見舞も来ない。きつかったろうと思う。薬の副作用で髪は抜け落ち、二月に会った時もウィッグを用いていた。もうかなり伸びたろうか、と下世話なことも考えた。 入院前、彼女の悩みは家族だった。打ち明けを聞いて、私と大して年齢の違わない親が、未成年の娘にそこまで甘えなくても、とか他の同居家族の行為に明白な虐待を感じた。また、金銭に絡んで、いかに個人的なブログであっても書くのを躊躇うようなこともされている。 中学時代、早まった行為に走ろうとして、幸い教師に発見されて思い止まった。こちらも聴いていて辛かったが、当人が話すことで気持ちがすっきりするようなので、相槌以外は口を挟まずに耳を傾けることにしている。 退院後、その家族の軛を外した。交わりを絶った、といえばやや大袈裟かもしれない。だが、厳格な一線は引いた。前は、気が進まぬ、無茶で非常識な家族からの誘いや願いにも、機嫌を損じる、見捨てられることを恐れて応じてきた。それを断り、時には殊更冷淡な態度で拒絶の意思を表明するようになった。 死ぬ思いをし、生還し、生き直す思いで、‘これまで’と訣別したということなのであろう。 変わることを選び、遂げた。変わったこと、あるいは変わり方が正解かは、正直分からない。ただ、久々に会った時、見違えるまでに強くなったと感じた。 もはや呉下の阿蒙ではないから、前回彼女を取り上げた際には、「呂蒙娘」と呼んだ。 勤め先では、同期が次々辞めていく。そういう職場なのだ。評判も良くない、従業員でさえ知人に勧められないから、新卒も中途もあまり入ってこない。取り残されることに焦りや、まだそこに残っている自分の値打ちとはその程度のものなのかと自信を失う。 そのように愚痴られたり、不安な思いを聞かされると、こちらは 「辞めて転職出来た方が優れているというわけではない」 と言う。人生のある時期、一つ所で耐えるという経験をすることは、それはそれで為になるとも。ただ、終生御奉公するような会社ではないことは確かなので、今は働きながら、資格取得や教養を身につけるために勉強し、いずれやって来るかもしれない転機に備えておけ、と付け加えることにしている。自分でもどの口が言うのか、とも思うが。 翻って我が身も、去年と今ではまるで違う暮らしをしている。 妻子持ちから独身、苫小牧から室蘭へと、環境は一変した。だが己自体はどうか。自らの鳴き声に耳をそばだてるたびに、天を仰ぐ。二十歳の元同僚の前では鳩のように振る舞うが。 説苑 (講談社学術文庫) [ 劉向 ] 三国志(7) 正史 呉書 2 (ちくま学芸文庫) [ 陳寿 ] 三国志入門 (文春新書) [ 宮城谷 昌光 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.05.25 22:41:20
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