テーマ:障害児と生きる日常(4430)
カテゴリ:障害児と生きる日常
障碍児を育てていて困ることは多々ある。
その中の1つが、ポジショニングをどうするか、を考えることだ。 最近、たて続けに、そんなことが多い。 先日は、こうだ。 保育園で、障碍児を育てる親の会が催された。 歴代の障碍児と、その親が、出席できる限り集まった。 下は、うちの子供。 上は、20を過ぎたダウン症のお子さん。 それはそれは壮大な会であった。 最初は卒業した子供さんの近況を報告。 次に在園児の大きな子供から。 最後がうちの発言であった。 が、何を言えばいいのだろう。 本当に聞きたいことは、聞けるハズもない。 例えば、 「保育園が子供を放ったらかしにしている、と思ったことはありませんか。」 娘の担任をはじめ、5人もの保育士が出席しているのに。 が、明らかに場は、現役の母親が悩んでいることに対して、 「大丈夫だよ、うちもこんなに大きくなったし」 と、言いたい雰囲気をかもし出している…(と、感じる…) しかし、難聴児ゼロ、手術を要する障碍児ゼロ…。 どんな発言をしたら場が盛り上がるんだろう…。 辛い時間を過ごしてしまった。 また、こんなこともあった。 同じマンションの人から、相談を受けた。 「△△(娘の名前)ちゃんの通っている言語教室を紹介してほしいんだけど…」 これに関しては、ややこしい伏線やら裏やらがいっぱいあって、面倒だから割愛する。 想像して欲しい。 結果として、同じマンションの3人で会うことになった。 一人は私。 一人は私が以前、ひょんなきっかけから大学病院の言語教室を紹介することになった、 娘より一学年年上の女の子の母親Aさん。 もう一人が、今回、Aさんに相談して、私に回ってきた、娘と同じ学年の男の子を持つBさん。 以上の3人である。 Aさんの子供は、手帳を持っていないとはいえ、言語面や運動面の発達の遅れは顕著に目立つ。 発達検査でも、かなりの遅れが見えている。 Aさんは療育に積極的で、原因究明にも必死で、あちらこちらの病院に行き、療育にも熱心。 だが、それは、自分が公園デビューを失敗したせいだ、とか、良くない友達と遊んでいたせいだ、と、言っている。 Bさんの子供は、3歳になっても単語も出ていない。 が、遅れていることも、個性、と言って欲しいと思って、1回、児童相談所に行ったっきり、 どこにも行っていない。 今回、幼稚園入園(Aさんの子供と同じ幼稚園)を前にして、 子供がどうやってコミュニケーションを取るのか心配になって相談してきた次第。 Aさんは、自分の子供に異常があることは認めているけど、それは後天的なことで、 『治る』と思っている。 ゆえに、少しでも私が、『同じ立場』という発言をすると、怒ったような焦ったような表情やコメントをする。 一方、Bさんは、Aさんの子供の異常は気付いているし、もちろん、うちの娘が障碍児だと知っているが、 そのどちらとも違う立場で、発達面でも『問題の無い遅れ』だと言って欲しい。 そんな二人と話すために、 「うちは問題がはっきりしているけど、Bさんは違うんだから、メキメキと伸びると思うよ」 「うちは障碍児だけど、Aさんは違うから、塾みたいに通わせてるんでしょ?」 と、繰り返しているたびに、なんだか、ウンザリしてきてしまった。 そういった発言をしたり、場を取り繕っている度に、娘を裏切っているような気分になるのは何故だろう。 来週は保育園のクラス懇談会。 テーマは、『どういった子供に育てたいと思っているか、また、そのためにどんなことをしているか』 さぁ、次はどういったポジショニングを意識するべきか…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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