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温故知新

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2006.07.12
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1つ年下のダウン症児にケリを入れ、髪を引きずり回す保育園生活には、突如、終わりが訪れた。
それは、ある出来事がきっかけだった。

そのきっかけは、結論から言えば、あぁ、こういうのってどこかで聞いたことあるよね、
という程度の、ありふれたものでしかない。
今、振り返っても、その可能性はおおいにありえるから、狙ってやってみることも可能だったかな、とまで思う。

が、当時の私は必死だった。
必死に娘と向き合い、娘から送られるシグナルに忠実に応えていった結果が、この結末であり、
それ以上でもそれ以下でもない。
案外、世の中で使い古されているエピソードは、
こうやって、それぞれの家庭が、それぞれ必死で歩んできた結果が積み重なったものであって、
ある事例を実験的にやったことによっての成功例を集めた集計ではないのかもしれないな、
と考えさせられた、そんな貴重な出来事であった。

それは5月下旬のことだった。

1ヶ月近くが経とうとしても、娘は、ゆめ(仮名)ちゃんの首に抱きつくことを止めようとはしなかった。
それどころか、1つ下の、もう一人のダウン症の男の子にまで、同じことをやりはじめた。

当初、抱いた発達への喜びも、この時期になると影をひそめ、ただただ、申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいになった。
1つ年下の、それもダウン症の子どもばかり。
弱い個体への攻撃は、まるで、私が家で娘に対してやっていることをそのまま、ストレス発散としてやっているように思われたら、
と、自分の身までいやらしく考えるようになった。
いや、もう少し正確にいえば、ストレス発散としてやっているようで、見ていて辛くなってきた。
逃げまどうダウン症児の表情は、まるっきり去年までの娘の怯えた表情と同じで、
どちらが娘で、今、自分が押さえている子どもが去年まで娘を追っかけ回していた子どもたちのように思えたりして、
なんだか分からなくなった時もあった。

そんな5月下旬の土曜日。

障碍児関係の集まり、さくら(仮名)会で、動物園に行った。
食事も終えて、動物園の一番奥にある、小動物を触れるコーナー「わんぱく園(仮名)」に向かって歩きだしたのだが、
どの子どもともなく、大きな遊具があるコーナーで、それぞれ遊び出した。
親も話がしたかったため傍らに腰を下ろし、話しはじめた。
時間はあっという間に過ぎ、
「わんぱく園」へと向かう、大きな橋の手前まで来た時点で、何人かの子どもが昼寝をしてしまったり、
おやつを食べたがったりした。
オープンカフェのようになっている所で腰をかけ、かき氷など食べているうちに、
もう「わんぱく園」へ行くのは止めよう、ということになった。

娘にそれを伝えると、娘は敢然と拒んだ。
家を出る前に、動物園のイメージを膨らませてから来たのだが、
その際、「うさぎを抱っこしようね」と言ってあったのだ。

「うさぎは?うさぎ抱っこは?」
娘は怒ったような表情で私を見上げ、絶対に行くと、首を横にふる。

私は面食らった。
正直、家でその話をした際は、そんなに乗り気とも思えなかったのだ。
それどころか、話も聞いているのか、よく分からないような表情だった。
何より、娘が、こんなに何かにこだわって、主張することなど、
本当に数えるぐらいしかなかったのだ。
なんとなく、娘に導かれるように私はその場で皆に別れを告げて、娘と二人、「わんぱく園」に向かう橋を渡っていった。

「わんぱく園」は、あと30分で閉園のせいか、人がほとんどいなかった。
労なく座り、娘を待たせて、私はカゴの中にいっぱい戻されているモルモットを覗き込んだ。
モルモット、ということは予め分かっていたのだが、語彙が少ない娘のために、あえて『うさぎ』と説明していた。
私は、1匹だけいた、白い毛で赤い目の、ウサギのようなモルモットを抱き上げると、
娘の元へ連れていった。

娘の横へ座り、自分の膝に乗せると、娘は、自分の膝に乗せて、と、身体を伸ばし、足もきちんと揃えて場をこさえた。
私は、半信半疑で、そーっと娘の小さなスペースにモルモットを置いた。
すぐに娘は、半泣きの、声にならない声を挙げ、モルモットをどかさせたが、また、すぐに自分の膝を用意した。
それを何回か繰り返した後、モルモットを膝に乗せてじーっと動かなくなった。

どれくらいそのままでいたのだろう。
娘は意を決したように左手を動かすと、モルモットの背中にそっと置いた。
モルモットがピクリとすると、娘の肩も小動物のようにピクリと動いた。
何度かそれを繰り返すと、今度は右手で優しく包みこむように支え、左手で、毛並みをなではじめた。

私は、全く自分でも考えもつかなかったことを思わず口走った。
「『うさぎ』あたたかい?」
娘はモルモットから視線を外さないまま、コクリと首を下げて返事をした。
「『うさぎ』小さいね。」
娘は同じように、またうなずいた。
「ぎゅーってしたら、きっとつぶれちゃうね。」
またうなずく。
「ゆめ(仮名)ちゃんも小さいから、きっとつぶれちゃうね。」
娘は少しだけ顔を上げて、私の存在の方に顔を傾けた。
が、視線はやはりモルモットから外さないまま、今までよりも大きくうなずいた。
そんな気がした。
夕暮れの柔らかなオレンジの日差しが伸びて娘を照らし暑くなってきても、
係員の人に声をかけられるまで、娘はずっと、じーっと、『うさぎ』を抱き続けた。

その日以来。
私は、娘がダウン症の二人の子どもに手を挙げている姿を見ることはなくなった。
保育士からも、そんな連絡を受けなくなり、そして、今では全く、そんな話は聞かない。

代わりに、また、問題が出てくるのだが、
何か、この話につながっているような、この件を乗り越えた次のステップのような、
そんな問題が発生してきた。

でも、この日。この瞬間の娘の姿を、私は一生、忘れないと思う。





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Last updated  2006.07.13 12:22:42
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